小塩丙九郎の
歴史・経済データバンク

18. 日本第3の大経済破綻


〔5〕ハイパーインフレは避けられない

(6) 異常な国債と通貨の増発の先にあるもの

 銀行のノーマルな資産構成は、過半を企業への貸付金とし、1割を現金で用意する、そして残りの4割で様々な証券投資等を行うと言うものでした。それが経済が成長しつつあった1980年代の銀行の姿であり、そしてバブル崩壊直後の1990年代まではそうでした。それが1990年代末から急速に変化します(下のグラフを参照ください)

出典:日本銀行『資金循環統計』データを素に作成。

 2000年代に入ると企業活動が衰え、銀行資産のうち企業への貸付金が5割を大きく割り込みます。そしてその代わりに国債のシェアが上がります。企業の投資資金が政府の国債、それも投資目的の建設国債ではなく当年度の赤字を繕う赤字国債の購入に充てられたのです。そして2010年代に入ると、赤字国債が現金に置き換わります。政府が銀行の持つ国債を買い取り、その代金を支払ったのですが、政府の希望に反して、それで生まれた余剰資金は企業に貸し付けられることなく、銀行の金庫に現金とした納まったままとなりました。それにさらに資金の使い道がなくなった企業からの預金も受取ったために、現金等が全資産の4分の1近く(23パーセント)に達しています。企業への貸付金の割合はさらに減り、遂に4割を割ってしまいました。

 これは、本来あるべき銀行の姿を大きく逸脱した末期的姿であると言えます。国の経済発展に資金をまったく貸し付けることなく、かと言って資金の大半を証券の購入と保有に充てる投資銀行ですらなく、何の果実を産まない現金だけをただただ抱え続けているというまことに特異な金融機関です。これが近代資本主義国で起こった話であれば、多くの銀行は倒産を危惧される状態です。それも、多額の資金を抱えたまま利益を得ることができず、組織維持に必要な資金を潤沢に用意できないうえでの倒産と言う、奇妙な金融機関の破綻です。

 にもかかわらず、国の中央銀行たる日銀は、過剰な通貨の減額を図るどころか、反対に通貨発行残高(マネタリーベース)をさらに急速に増やしつつあるのです。しかも、その根拠となるべき国の金融資産総額は、まったく増えていません。そしてその最大の所有者である家計、つまり一般国民、の貯蓄率はマイナスの域に入り、今後は減少することが確実です。

 このような状態は、一体いつまで続けられるのでしょうか?

 別のところ(ここ)で明らかにしたように、日本企業はアメリカが行った第3の産業革命に追随できず、さらにアジア新興国にも産業技術開発で劣後し始めています。日本経済を引っ張ってきた製造業の生産性は既に低下し始めており、世界市場での指標である(実質)ドル表示の生産性は、1990年代半ばに比べて3分の1低下しています(グラフはここ)。これは、日本が先進国の生産性の水準から脱落して、新興国の水準に急速に近づいていることを意味しています。

 このことは、今後日本がアジア新興国とのし烈な価格競争に晒されるのみならず、産業技術開発についてアジア新興国に劣ることによって、通常の価格競争から旧型製品を主力製品とする、いわば投げ売り状態に追い込まれることを意味しています。企業の収益は、さらなる円安を必要とする、〔円安→企業利益の確保→さらに低価格でのコスト競争→さらなる円安〕というサイクルを延々と続けるといことになります。このこともまた、いつまで続けられるというのでしょうか? 日本は既に、記録的な実質円安状態になっているのですから(グラフはここ)。

 世界の人々は、日本経済の状況、パーフォーマンス、を名目円で表される指標で見ているわけではありません。世界の経営者や投資家は、実質ドルで表される指標で日本経済の様子をウォッチし、そして評価しています。そして、既に多くの世界の経営者や投資家は、上に示した悪いサイクルに日本が入ってしまっているということに気が付いていることでしょう。その証拠に、外国資本で日本に直接投資する者はほぼ皆無という先進国の中で特異な状態にあり、日本に投資する資金は主に短期の株式投資と短期国債(満期1年未満)の購入となっています。

 テレビニュースの常套〈じょうとう〉文句に反して、世界の経営者や投資家は日本の円の信頼度が高いとは考えていません。特に長期についてはです。だから長期にわたり安定した金融市場が必要な直接投資を行っていないのです(その説明はここ)。日本の円の信頼度が高いというのは、短期資金について限ってのことであり、それは日本が自由市場をもつ近代資本主義国ではなく、政府官僚が管理する計画経済体制にあり、為替や金利について強烈にコントロールしようとしているので、短期変動の心配は他国ほどにはないと言うだけのことです。そして短期投資だけを行っているので、決定的な局面が来ても、直ちに日本の金融市場から手を引けると考え、そのように準備態勢を整えているのです。

 資金需要がない国で、金融市場に通貨が余っているのに、国全体としての金融資本が限られ、しかも成長しないことが明らかなところに通貨を注ぎ込み続ければ、やがてその通貨の信用がいつか崩壊するとするのがまっとうな考えです。

 日本政府は、国債は国内市場で賄っているので破綻の危険はないと言っていますが、既に国債全体での外国資本依存度は1割を超えつつあります。日本の大半の資産を有する家計、一般国民、の総資産額が増えない以上、国債を日銀がすべて買うと言う体制は今後変更することができません。それは、企業活動が活発にはならず、近年は税収が国の歳出の6割〜7割しかない(実効上の税収率、名目上の税収率は5割から6割。その詳しい説明はここ)という状態が続いており、しかもその改善の可能性はほとんどないので、赤字国債の発行は今後も続き、その国債を買い取る資金は日銀が勝手に刷り上げる通貨、円、しかないからです。

 そして、日銀が市場を通さず直接政府から国債を買っているわけではないと言う財政法違反逃れの口実を成立させるためには、今後とも銀行を通して国債を買うと言うスタイルを止められず、そしてその口実としては、銀行から国債を買い上げて銀行に企業融資のための資金を融通して経済成長の原資とするというしかありません。

 もちろん、企業は自己資金の余剰をたくさん抱えており、だからこそそれを銀行に現金預金しており、銀行には貸付先がない資金が全銀行資産の4分の1に達するほど溢れています(グラフはここ)。もちろん、日銀から新たな資金を融通してもらわねばならない事情は、銀行にも企業にもありません。すべては壮大な虚構(きょこう、つまりウソ)を積み上げた構造です。

 このことを、経済学者や市場の専門家が知らないわけはありません。しかしそれを言ってしまえば、日常の業務に大いなる差しさわりが出るので、口を閉ざしているのです。どんな差しさわりかは、若い皆さん自身で想像してみてください。直ぐにいくつか思いつくことと思います。要するに、政府官僚、経済学者、市場専門家が暗黙に連携したフィクションの創造だと言えます。そしてそんなことが可能なのは、日本が自由市場をもつ近代資本主義国家ではなく、官僚が主導し業界と連携して市場を管理する計画経済体制下にある国だからです。

 毎年増える国債残高のうち日銀が受け取る額の割合は、かつては総額の1割に達することはまれであったのですが、2012年度には8割(79パーセント)、そして2013年度以降は国債残高に対して175、280、240パーセントの高率に至っており、政府の追加発行国債全額を受取った上で、さらに銀行など他の企業や公的年金基金から国債を買い取っているのです。

出典:日本銀行『資金循環統計』データを素に作成。

 もはや、国は日銀にその全額を買い取らせる以外に、国債を発行できない状態に陥っています。そして日銀が買い取る財源は、自らが発行する通貨、円、であり、その価値を保証する金・銀等の希少金属も、あるいは国民の金融資産もありません。あるのは、国民の“政府への信頼”という形のない精神だけです。これでは、「戦争は根性で戦うものだ!」といった戦前の軍官僚主導の政府がつくりだし、多くの国民が受け得入れた体制にそっくりです。

 1936年に、政府が緊急対策として実施した日銀による国債の買い取りと言う禁じ手を使った財政・金融施策の限界を知り、緊縮財政に戻ろうとして蔵相高橋是清は暗殺された(2・26事件)のですが(そのいきさつはここ)、その後軍官僚に乗っ取られた政府は、多額の国債を発行し、日銀がそれを買い続けました。そうして敗戦と経済破綻に至ったのですが、その時の日本政府の発行した国債と通貨をはるかに凌ぐ量(対GDP比率で)の国債と通貨を発行し続けている日本に(それを示すグラフはここ)、通貨への信用失墜と、それに基づくハイパーインフレ(超高率インフレ)が来ない、と経済学者たちはどうして言えるのでしょうか?

2017年1月4日初アップ 20〇〇年〇月〇日最新更新
©一部転載の時は、「『小塩丙九郎の歴史・経済データバンク』より転載」と記載ください。



end of the page