小塩丙九郎の
歴史・経済データバンク

17. バブル崩壊の背後にあるもの


〔4〕 後ろ向きの日本の産業技術開発

(2) 低落する労働生産性

 労働生産性、と言う概念があります。1人の労働者、或いは就業者、が1時間当たりにどれほどの価値を産み出せるかと言うことに着目しています。産業技術が発達し、そして経営がうまく行われていれば、人は効率よく働くことができ、短時間で多くのモノを生産できるようになり、そして労働者、或いは就業者、はより高い所得を得ることが可能となります。単にGDPを就業者数で割って、これを労働生産性と呼ぶ場合もありますが、やはり、それが可能な場合には、時間当たりの値を計算した方がいいでしょう。

 1人当たり生産高は、長時間労働でも稼ぎ出すことができるからです。そして幸いなことに、内閣府が公表しているGDPについての数値の中には、就業者数と年間延べ労働時間が含まれていますので、GDPを就業者数と延べ労働時間で割れば、時間当たりの1人の就業者が産み出す生産高、つまり労働生産性、を知ることができます。ただ公表が1年遅れるのは、難点なのですが、、、。

 そうして計算した値を、下のグラフし示してあります。就業者総平均と製造業に係る就業者についてのものとそれ以外のものの平均の3種の労働生産性を計算しています。なお、GDPを消費者物価指数で割って、インフレ要素を取り除いた2014年価格で表示してあります。内閣府はインフレ要素を取り除くにはデフレーターと言う別の指標を使えと言うのですが、それがとても使いものにならない現実を反映したものではないことは、経済に係るすべての専門家と経済学者が知っています。

実質円の労働生産性
出典:統計局『国民経済計算』データより計算。インフレ要素を取り除くためにはデフレーターではなく消費を使用。

 そうして見ると、2000年代初頭より製造業を除く他の産業の生産性は伸びていません。このこと自体は、特に驚くべき発見ではないのですが、しかし21世紀に入ってもなお向上しつつあった製造業の労働生産性が、2010年代に入って突然伸びなくなっていることは重大です。しかし、事態はさらに深刻なのです。

 労働生産性は、別の観点からも見ることができます。外国人の目を通す、と言うことです。労働生産性が高いかどうかというのは、例えば海外企業が日本に工場を置きたいと思ったときには、考慮すべき重要な指標になるのですが、そのときに外国人経営者たちは、国際基軸通貨であるドルに換算して見るはずです。そこで、そうしてみました。計算方法は、名目の労働生産性(物価修正しない円表示の値)をその年(ここでは年度ではなく暦年)の年平均円/ドル為替レートで割り、さらにアメリカの消費者物価指数で割って2014年価格に揃えれば、実質的なドル表示の労働生産性の値を得ることができます。

 そうやって計算して、実質円ベースの労働生産性と、実質ドルベースの労働生産性のそれぞれの1995年の値を100として、以降毎年どのように労働生産性が変化したかと言うのを計算して結果を表したのが下のグラフです。

実質円と実質ドルの労働生産性の推移
出典:統計局『国民経済計算』データより計算。実質ドルへの返還には、年平均円/ドル為替レートとアメリカ政府が公表する消費者物価指数を使用

 既に紹介したように、実質円ベースの日本の製造業の労働生産性は、1995年を100とすると2014年には114.4と1割以上増えています。しかし一方、実質ドルベースの日本の製造業の労働生産性は激しく落ち込んで、2014年には66.5となっています。つまり19年間の間に日本の製造業の労働生産性は3分の1も落ち込んだのだ、と言うように外国人経営者には見えるのです。

 労働生産性は、その国の製造業の優秀さを表すものです。世界的な視野からすれば、日本の製造業は急速に劣化しつつあるのです。つまり、日本は先進国から新興国水準へと急速に落ち込んでいるということです。

 ところで、1995年と言うのは前後の年に比べて円高であったので(下のグラフを参照ください)、1995年を基準にするのは、少し日本の労働生産性の変化を評価するには厳しいところもあるのですが、しかし、2014年の66.5と言う値は、2000年(84.7)、2005年(74.1)、あるいは2010年(87.9)の何れの年を基準におき直しても、やはり100を大きく割る数値にしかなりません。つまり、日本の製造業に携わる労働者、或いは就業者1人が1時間当たりに産み出す価値(生産高)は、1990年代半ば以降、着実に、そして急速に低下しつつあるのです。

名目円/ドル為替レート
出典:日本銀行の時系列統計データ(名目円表示)を素に、年平均円/ドル為替レートとアメリカ政府が公表する消費者物価指数で調整して計算。

 これが、日本の製造業の実態であり、1990年代半ば以降の経済停滞は、このような産業の質的な劣化を伴ったものであり、多くの経済学者が言うような単なる景気停滞といった類のものではないのです。そしてもちろん、その対策が多くの経済学者が主張するような景気対策ではまったく足りないと言うことは、当然のことです。なぜならこの産業水準の低下は、日本の産業技術の劣化(その説明はここ)に負うところが大きいからです。

 多くの経済学者は円安が好ましいと主張するのですが、このような重大な自国の産業の劣化を国民の目から覆い隠す効果を円安と言う状況は産み出しているということを、若い皆さんは理解しなくてはいけません。

2017年1月4日初アップ 20〇〇年〇月〇日最新更新
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