小塩丙九郎の
歴史・経済データバンク

1-日本の若者が今置かれている状況


〔4〕 世代間格差はもうすぐなくなる

(2) 世代間格差が重大問題でなくなる日

 日本は、近いうち、小塩丙九郎は2020年代前半の内と予測していますが、物価の急速な上昇、そしておそらくはハイパーインフレと一般に呼ばれる高率の物価急騰の時代を迎えることになるはずです。なぜなら、国が日本の通貨、円、の発行残高を無際限に増やしているからです。国の経済成長を上回る急激な勢いで通貨を増やすことが一定期間以上続けば、経済規模に見合わない額の通貨が市場に溢れて、そのことはやがて通貨の価値についての不信を招き、通貨の価値が急落する、つまり高率のインフレになるということが避けられないからです。

 日本のリフレ派と呼ばれる経済学者たちは、金融緩和をして、市場に通貨、円、を溢れさせれば、企業投資を喚起して、それがやがて日本の景気を回復させると論じました(“リフレ〈リフレーション〉”とは、計画的にインフレを起こせば経済成長できるという考えです)。そしてその主張に沿って、円が大発行されたわけです。そうして発行され市場全体にある通貨、円、の総額は、2016年初頭現在、GDPの7割に達しています。

 しかし、円の発行総残高の正常値は、GDPのおよそ8パーセントです。それ以上の通貨は、経済を円滑に動かす上で、必要ないのです。そしてアメリカが金融緩和と称してドルを大量発行したときにも、その最高額はGDPの23パーセントにしかなりませんでした。以降アメリカの中央銀行に当たるFRB(連邦準備制度)は、ドルの発行残高のGDPに対する比率を徐々に下げつつあります。リフレ派の経済学者はアメリカの金融緩和策に学んだというのですが、とてもそんなものではありません(下のグラフを参照ください。“マネタリーベース”とは、通貨発行残高のことです)。

マネタリーベース/GDP比率
出典:下記から得られたデータを素に算出(暦年年末期)。
    日本のマネタリーベース:日本銀行データベース
    日本のGDP: 統計局データベース
    アメリカのマネタリーベース: アメリカFRB(連邦準備銀行)のデータベース
    アメリカのGDP: アメリカ商務省データベース

 それでも日本がインフレにならないのは、日銀が発行した円を日銀は市場にばらまかないで、それで政府が発行する国債の総額以上の額の国債を銀行から買い上げて、それを日銀の金庫に積み上げていて、また、日銀が国債を買い上げたために銀行に戻った現金は、借り手がいなくて銀行の金庫に眠ったままになっているので、市場に流通する円の総額が増えてはいないからです。

 ところで、デジタル時代の現代において、お金が金庫に眠ると言っても、ホンモノの1万円札の束が金庫に積み上がっているわけではありません。帳簿上の数字として存在しているだけですが、それを日銀が保証している以上、現金であることに変わりはありません。

 それでは、そのようなこと、つまり政府が、既に発行された国債を1円も返済することなく、さらにその上にGDPの1割にも達する巨額の国債を新たに発行し続けて、それをすべて日銀が発行する円で買って日銀の金庫に納めておくということは、いつまでも続けられるでしょうか? 

 国債とは、国の借金です。借金とは、資産をもっている人から資産をもたない別の人に期限を限ってお金を移転させるということです。政府が借金の額を増やすというためには、日本のどこかにその財源がなくてはなりません。その財源とは、結局のところ国民の金融資産です。近年企業の銀行預金も増えていますが、それでも圧倒的に国民の金融資産です。具体的には、銀行への預金、年金基金や保険会社に対する積立支払い金の合計額です。それらの形で現れた国民の金融資産が、銀行や年金基金や保険会社を通じて国債に転換されていたのです。しかし、小塩丙九郎の計算では、2020年代初頭に、増額を続ける国債残高に見合う国民の金融資産はなくなってしまいます。
 
マネタリーベース/GDP比率
出典:日本の貯蓄率は内閣府『国民経済計算』データを素に作成。アメリカの貯蓄率は、WWID(世界富・所得データベース)のデータを素に作成。

 今までは、国債発行残高の伸び率が国民の金融資産の伸び率より高かったからという言うことなのですが、経済が停滞する上に、2013年以降は国民の貯蓄率がマイナスになった、つまり国民が金融資産を積み増すことなく、むしろ取り崩しを始めましたので、2013年以降は、金融資産は増えないか、あるいは減額する、一方国債残高は増え続けるという状態になったのです。そして2020年代初頭に国債を買う金融資産は、日本にはなくなってしまうということになります(その詳しい説明はここ)。

 それでも政府が国債の発行を止められず、日銀が依然として通貨、円、を発行してそれでその国債を買ったとしたら、その日銀の発行する円にはそれを支える経済実態が何もないということになります。つまり、1万円札の後ろにはその価値を支えるいかなる資産もない、一言でいえば、ただの文字と絵を印刷した高級紙でしかないということになります。こうなれば、経済規模にまるで適合しない巨額の通貨、円、が発行されているという事態が水面上に顔を出すことになります。日本という国の実体市場の中で、貸金総額と借金総額のバランスが崩れるからです。

 恐らくは、そのことに気付いた外国資本が円とドルとの交換レートを変更して大幅な円安にしろと要求し始めることになると思います。日本銀行が発行する通貨、円、にその裏打ちなる資産が国内のどこにもないからです。どうして気付くかと言うと、もっとありそうなシナリオは次のようです。日銀は財政法の制約により政府から国債を直接買うことを禁じられています。そこで日銀は銀行の保有する国債を凄まじい勢いで買い取り続けているのですが、2020年代初頭には銀行の金庫から国債はなくなってしまいます(その詳しい説明はここ)。

 そうすれば、政府は財政法を改正(改悪?)して日銀が政府から直接国債を買い取れるようにするか、或いは外国資本に国債を売ることを余儀なくされます。いずれにしても、政府が著しい財政困難に陥ったことが世界の資本にわかってしまうことになる、と思うのです。

 或いは、日本に国債発行の資源が今はなくても、その後急速に日本経済が成長して国の税収は急速に増えて国全体で金融資本が急速に増えることになるはずだと外国資本が考えれば、その将来見通しを支えに日本の発行する通貨、円、に対する信用を直ちになくさなくていていくれることがあるかも知れません。しかし小塩丙九郎は、現在の経済構造が大きく変革される見通しがまったくもってない現在、そのような明るい見通しを外国資本は日本経済の将来についてもってくれる可能性はまったくないと考えています。

 こうして一部の外国資本が日本と通貨、円、の価値について疑問を持ち始めると、その動きは急速にすべての外国資本に拡がり、為替市場で急激な円安が進行します。そのことは輸入物価を急騰させ、それが日本国内での物価の急上昇に跳ね返ります。つまり、インフレとなり、短い時間のうちに物価上昇率はさらに大きくなる。最後は、ハイパーインフレです。

 こうなると、国民の金融資産は急速にその実質的な価値を下げます。そして金融資産の大半を持っているのは高齢者ですから、高齢者が老後の生活安定の頼みとしていた金融資産はあっという間になくなってしまうということです。一方、国の国債残高の実質的な価値も急速に減価しますから、国の借金は実質的になくなってしまいます。そして国の財政は、“健全化”するのです(以上については、ここに詳しくデータを挙げて説明しています)。

 高齢者年金は既に積立制度ではなく、現役の労働者の年金支払いにその財源を大きく依存する賦課方式となっています。公的年金制度はかつては物価スライド方式と言って、物価が上がれば年金支給額も自動的に上昇する(スライドする)仕組みになっていましたが、年金会計が次第に厳しくなってきたので現在では物価上昇率より低い割合でしか年金支給額は増えない仕組みになっています(“マクロ経済スライド方式”で現行では、インフレ率より0.9パーセント引くことになっています)。

 しかしインフレ率が穏やかなものではなく、超高率となった場合にはどうなるかと言うことはわかりません。現在の年金基金は、国内の金融資産と外国の金融資産がおおよそ半分ずつの割合になっています(ハイパーインフレが起こったときに生ずると予測される保険と年金基金をめぐる金融事情はここに示しています)。ハイパーインフレになれば、国内資本は大きく棄損〈きそん〉されますので、年金基金の実質資産額は半減する可能性があります。

 そうなっては、年金会計はますます積み立て分にではなく、現役労働者の払い込み金に頼らざるを得なくなります。そうなれば、現役労働者の負担は大きく増えざるを得ないので、年金制度の抜本的改革は避けられなくなるでしょう。若い皆さんが、制度を改革することなくただ現在以上に大きな負担を強いられることについて、直ちに納得するとは到底思えないからです(ハイパーインフレが起こった時に想定される高齢者年金制度について起こるであろうことの詳しい様子は、ここに説明しています)。

 ハイパーインフレが起これば、高齢者の金融資産と年金基金の多くが実質的に失われます。さらに若い皆さんが返済しなければならない政府の負債も実質的になくなります。そのようにして高齢者と若い皆さんとの間の世代間格差は大幅に縮まることになります。

  この過程で、それ以降の年金会計を支えることとなる若い皆さんの意見を大幅に採り入れた新しい制度に移行することにならざるを得ない、と小塩丙九郎は考えています。現在の高齢者の年金制度と若い皆さんの年金制度を切り離して、若い皆さんについての年金は完全な積み立て方式に移行すると言うのも一案です。もちろんその時にもなお、高齢者福祉をどのような財源で賄えるかという議論は残っていますので、若い皆さんの負担が一切なくなるということにはならないでしょうが、科学的なルールに則って運営される(つまり、官僚や一部の経済学者や社会学者の恣意〈しい;勝手な判断〉によることのない将来にわたってサステナブル(維持可能)であると証明できる透明性の高いまっさらな制度を構築するチャンスはあるのです。

 つまり、何が何だかわからうちに制度や納付金の額が誰かに勝手に決められて、一方自分たちの将来はどう保障されているのかは皆目分からないと言う理不尽さからは解放されると言うことです。

 そして最も重要なことは、若い皆さんたちの意識がその時十分に高くなっていれば、そして十分な時間をかけて従前の勉強が進んでいれば、若い皆さんが納得することのできる、若い皆さん以降に生まれてくる将来世代も含めたこれからの日本を生きる人達すべてが納得できる、本当にサステナブルな社会構造を構築する機会が訪れると言うことです。  

2017年1月4日初アップ 20○○年○月○日最新更新
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