小塩丙九郎の
歴史・経済データバンク

18. 日本第3の大経済破綻


〔4〕国債の置かれた土壇場の風景

(2) 政府に650兆円の資産はない(中編)

 次に143兆円計上されている貸付金の中身を見てみましょう。貸付先は、その3分の1が地方自治体(54兆円)、2割が住宅施策実行機関である独立行政法人である住宅支援機構(旧住宅金融公庫;17兆円)と都市再生機構(旧日本住宅公団;11兆円)、14パーセントが中小企業や農林業者を融資先とする鞄本政策金融公庫(20兆円)です。これらを合わせて、全体のおよそ8割になります。つまり、これらの貸付金の貸付相手の多くは地方自治体、個人、中小事業者、あるいは零細農林事業者です。

 これらの貸付金を他の融資機関に引き取ってもらえば、その分国債発行高を減らせるのですが、それを受け取る金融機関が国内のものであれば、それらの国債購入能力をその分減らすことになるので、国債の国内の買い手がひっ迫しているという状況を改善することにはつながりません。政府資産がどれほどあるかと言うことを議論しなければならないのは、国債の額を減らすことが最終目的ではありません。国債の発行残高と、国内資本の国債購入能力の差を広げる方法があるのかということを追及していることであるはずです。国債の額を減らしても、それと同額の国内資本の国債購入能力の減退があれば結局、国債の国内資本によるこれ以上の購入が困難であるという事態にはまったく変化が起こりません。

 国債を減らすことだけを目的として大議論する人がいますが、それは平時には意味があるかもしれませんが、国債を国内資本が購入できなくなって、金利の急騰が財政を破綻させるかもしれないという緊急時に一生懸命になって追及すべき課題ではありません。それは、国の財政が安定した時に、ゆっくりと時間をかけて議論すればいいことです。

 だから、国債の国内資本によるひっ迫状況を改善しようとするのであれば、今まで挙げた債権を外国資本に買ってもらわないといけません。しかし、それらの機関の要求する金利は、国が零細事業者や国民世帯や或いは国同様に財政がひっ迫している地方自治体に貸し付けている政策的に低くされている金利よりはるかに高いので、債権を処分する際には額面残高より大幅に割り引かなくてはなりません。割引なしに売却しようとしても外国資本は、自分たちの期待する金利を受け取れないので売買は成立しません。

 また、これらの機関の中には、すでに実質的に債務超過に至っていると疑われているものもあるので、そのような場合には、特に値引き率を高くしなくてはいけないしょう。そこで、143兆の貸付金を処分して政府が得ることのできる額は、100兆円を下回る金額になる可能性もおおいにあります。そうしてもなお、そもそもそれだけ窮状に陥った国の世帯や中小企業者を債務者とするような債権を外国資本が引き取るであろうかという大きな疑問は残ります。或いは、外国資本は、リーマンショックの直接の引き金を引いた低所得者向け住宅貸付であったアメリカのサブ・プライム・ローンのことを連想するかも知れません。つまり、この貸付金を国内資本に売却することには意味はありませんし、外国資本に売ることの現実性が大きいとも思えないのです。

 次に運用委託金、111兆円と言うのがあります。これは、将来の年金支払いのために年金会計から預けられているものです。これは直ちに処分できるものではありません。

 第1に、これは国民が国民年金や厚生年金の基金醸成のために払い込んだものであり、形式的には政府資産となっていますが、実質的にはそれらの払い込みを行った人たちの資産と言っていいでしょう。そして第2に、それらの払い込みを受ける段階で、政府は将来の一定水準の年金支払いを約束しているので、これを貸借対照表に計上された資産であると言うなら、それらの払い込みを行った人たちに対する将来にわたる年金支払い予想額は政府の負債であると認識すべきであろうと主張する人がいます(例えば元財務省官僚で経済学者の小倉一正。小倉は、政府の“暗黙の負債”はGDPをはるかに上回る750兆円であると算定しています)。

 110兆円の政府資産の処分は、これまでの公的年金払い込み者の実質的資産を政府の独断で政府の財政赤字の補てん財源とするというものであり、かつ今後の公的年金の支払い財源はすべて現役の労働者の毎年の払い込み金とするという制度改革を行うと言う宣言を発すると言うことです。平時の国家議論に耐えられる可能性は、まったくないでしょう。なお、公的年金資産の現況については、別のところ(ここ)で詳しく述べているように、おおよそ半分が外国資本による資産であり、ハイパーインフレが起こっても大きく棄損される恐れがない資産です。その資産を、現在の政府赤字の補てん財源として消費してしまうという考え自体にも、あまり合理性はない、と小塩丙九郎は考えます。

 高橋も、これについては処分できない資産としています。

 次に金額が大きいのは、98兆円の有価証券ですが、為替政策を実行するために購入したアメリカ国債のことです。これについては、別のところ(ここ)で詳しく論じたとおりです。

 この100兆円に近いアメリカ国債を売却すれば、国債残高をそれだけ小さくできます。しかし、実際にそうできるかどうか判断するには、2つのことを考えなければなりません。1つは、一挙に(あるいはせいぜい数度に分けて)大量に売却すると、円ドル為替レートが円高方向に振れるかも知れないということをどう考えるです。そしてもう1つは、アメリカ国債総残高のおよそ7パーセント(何れも2014年6末現在)にのぼる多額のアメリカ国債の売却がアメリカ国債の評価に悪影響を与えるかもしれないことについてどう考えるかということです。

 これについては、先に答えを出したつもりです(その説明はここ)。アメリカが金融優緩和策の一環としてFRB(連邦準備制度)が大量のアメリカ国債を保有している今となっては、日本の国債売りが市場に与える影響は小さくないかもしれませんが、決定的に大きいということもないでしょう。それは、かつての中国のアメリカ国債売りの恫喝が空振りに終わったことでも、証明されています。また円安効果も、日銀の大量の通貨発行策に比べればとる程のことでもないということも証明さています。いまや、日本政府がアメリカ国債を売ることについての大きな障害はありません。しかも今売れば、10兆円以上の含み益を顕在化させることすらできます。だから、売ればいいのだと思います。

 けれども、アメリカ国債購入・保有財源である短期国債のうち、日銀保有分を除く民間市場消化分のうおよそ半分(2014年9月末:46.5パーセント)は海外資本に依存しています。だから、アメリカ国債を処分したところで、国内市場の国債消化余力は4、50兆円程度しか膨らみません。新規国債発行額(建設国債の赤字国債借り換え分を除く)のほぼ1年分です。アメリカ国債を売れば100兆円が手に入るという主張をする人が多いのですが、それは正しくはありません。アメリカ国債を買うために海外資本から借りたものは、海外資本に返さなくてはならないからです。保有するアメリカ国債を処分しても、そのことが日本政府に大きな資本のゆとりをもたらすことはありません。

2017年1月4日初アップ 20〇〇年〇月〇日最新更新
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