小塩丙九郎の
歴史・経済データバンク

18. 日本第3の大経済破綻


〔4〕国債の置かれた土壇場の風景

(1) 政府に650兆円の資産はない(前編)

 日本は巨額の赤字国債を発行し続けていますが、そのことに大きな危機感を表明する経済学者は不思議なほど少数です。デフレ脱却が景気回復の1番の要〈かねめ〉となる政策であり、そのためには大幅金融緩和が必要なのであり、そのためには赤字国債を発行してでも市場を活性化することが必要だ、財政規律と言って経済を潰してしまっては元も子もない、と言うのが彼らの口癖です。

 ちなみに、1949年にハイパーインフレ(超高率のインフレ)が進んでいたときにも、政府の官僚と経済学者たちは景気対策が第1で、ハイパーインフレを抑えることは第1に重要ではないと言って放置し、指示に従わないことにしびれを切らしたアメリカが本国より経済学者でもあるデトロイト銀行頭取のジョゼフ・ドッジを呼び寄せて強引にインフレを収束させて、日本を世界市場に組み込んだという歴史がありますが(その説明はここ)、彼らは経済秩序や財政規律と言うことをあまり重要には考えない人たちであると言えます。

 小塩丙九郎は財政規律は大事ではないとする意見に与〈くみ〉するものではありませんが、良心的と言われる評論家ですらデフレ策に勝る大事なものはないと言っているので困ったものです。そのことが誤りであることを証明したいと思っているのですが、その前提として、1つはっきりとさせておかなければならないことがあります。それは、一部の経済学者や経済専門家と自称する人たちが、日本政府には莫大な隠し財産があるのであって、いざとなればそれを吐き出しさえすれば、1,000兆円の国債残高なんてすぐにでも減らせるというものです。

 そしてこれをはっきりと否定する経済学者の論説もないので、政府が赤字国債を出し続けることに反対する世論が湧かない1つの、ぼんやりとしたものではありますが、背景となっているように思えます。ですから、この項では、政府に一体どれほどの可処分資産があるのかという問いに真正面から向き合ってみたいと思います。

 政府には民間企業がつくっているバランスシートがないから財政が放漫になるのだ、先ずはバランスシートをつくれと激しく迫ったのは、都知事であった時代の石原慎太郎です(2012年)。バランスシートとは貸借対照表のことで、表の左側にその企業の持つ資産の内容と額が、そして右側に負債の内容と額が書いてあります。これを見れば、企業の経営健全度のおおよその目安がつきます。

 例えば、負債総額が資産総額を上回っていれば、その企業はないはずの財産を保有するために借金をしていることになるので、“債務超過”の状態にある企業として破産の可能性が疑われることになります。一方、負債総額が資産総額を大幅に下回っていれば、財務は安全な状況にはあるのですが、資産を十分に活かしきった効率的な経営を行っていないとして、経営陣は株主からより積極的な経営態度で事業拡大するよう求められたりします。

 そういうどの企業もつくっている財務と経営の内容と健全さを示すバランスシートつくっていないから、政府官僚は効率的な財政運営を行えないし、財政がどれほど健全であるかを判断もできないじゃないかと言って、石原は財務官僚たちを攻めたてたわけです。

 財務省にいたときに貸借対照表を財務省で初めて作成したと自称する人がいます。元財務官僚で、現在経済学者を務める高橋洋一です。そして高橋は、政府には負債、つまり国債、も多いが、同時に650兆円の資産を持っている、日本は「世界1の政府資産大国だ」と主張しており、この資産を処分すれば、赤字の多くは解消できるし、それをしないのは天下りという既得権を手放そうとしない財務官僚の怠慢だと強く批判しています。高橋以上に政府資産について詳しく論じた者は今までいないので、高橋の主張を気に留めながら、以下、彼の指摘点を具体に改めるという手順で、政府資産の内容と額を見ていきたいと思います。

 政府が公表している2011年度末現在についての貸借対照表では、政府資産は629兆円あります。最新のものは2014年度分まで作成されたものが公表されていますが、高橋が国に650円の資産があると主張する『財務省が隠す650兆円の国民資産』を発行したのは2011年なので、それに近い年度のデータで議論します。これが、高橋がいう650兆円の根拠となる数字であると考えていいだろうと思います。なお、政府資産の額に大きな変更はそれ以降はほとんどないであろうと小塩丙九郎は考えています。

 この財務諸表、つまり政府の公表したバランスシートによると、最大の額のものは、有形資産の181兆円、次いで貸付金の143兆円、さらに運用委託金の110兆円、そして有価証券98兆円、さらに出資金が59兆円、あとはそれより少額の項目がいくつかあります。何れも耳慣れない言葉ばかりなので、直ぐにはその意味がわかりません。順番にその内容を見て、評価してみましょう。

 最初は、181兆円の価値があるとされる有形資産と呼ばれるものについてですが、これは国道などの公共施設とその他政府施設の土地・建物がそれに当たります。財務官僚は、そのようなものは処分しようとしても、利益を生まないそれらのものを買い取る人はいないと主張しています。しかし高橋は、道路を買う人はいないが、政府には無駄に使われている土地があるし、或いは建物も、例えば会社更生法の対象となった企業の再生を図るときによくそうするように、民間不動産事業者に売却して、自らはテナントになって家賃を支払っていくこともできると言います。

 財務省官僚は、資産を一旦売却したとしても結局家賃を支払うのだから却って損になるかもしれない、と言うのですが、倒産企業のように当座の資金が欲しければ、何十年間かの損得を考えていても仕様がありません。国債の状況がひっ迫しているのであれば、一旦不動産を処分して国債の償還財源にするということには十分に意味があると思います。倒産企業は、そうしてまず借款の負担を小さくして、身軽になって会社の更生を図るのが一般的だからです。それでもやはり、高橋の主張は少々怪しいものだと思います。

 私が余りいい考えではないのではないかと考えるのは、倒産企業の自社ビルは一般的な事務所ビルであり、家賃の支払いが滞るようなことがあれば退去を要求して、新たなテナントを入れて不動産を効率的に運営できるのですが、政府の建物から政府を追い出すことはできないので、家賃が踏み倒される恐れはないにしても、家賃の額はテナントの言い値に抑えられる可能性があると思われます。そのような「リスクの高い」建物を高値で引き取る不動産業者が現れるでしょうか? また同時に、実行しようとすれば、その時に起こる国民感情と言うのも結構厄介です。だから余り現実的な話とは思えないのです。

 但し、高橋が例に挙げる東京都心のホテル・オークラの隣にある広大な独立法人国立印刷局(財務省の外郭団体)の土地は確かにその使い方は賢明とは言えません。インターネットが普及した現在、印刷原稿を風呂敷に包んで運びこむ人もいないでしょうし、埼玉県の郊外部で印刷したものを財務省や国会に持ち込むとして、余分に2時間も見込めば十分だし、それほどの遅れが問題になる事務や国会議事もないでしょう。しかし、この虎の門工場については、2007年12月の独立行政法人整理合理化計画の中で、資産処分することについて検討することが決定され、その検討の結果、2014年に移転して北区にある滝野川工場に集約されています(高橋が虎ノ門工場の問題を指摘したのは、2013年10月発行の自著『日本は世界1位の政府資産大国』の中でのことですが、その時には既にこの決定はなされていました)。

 そして、その他の保有土地資産についても、処分してその処分金を国庫に納入する計画が進んでいます。また、2010年の「事業仕分」に独立行政法人の利用度の低い土地の処分が議題に上がっています。事業仕分の下準備をした財務省が、この問題については前向きで臨むという意思を政権党である民主党に示したのでしょう。その他、高橋が指摘する巨額の退職引当金(2012年度末には780億円)といった問題は残っていますが、高橋が声高に財務省を攻撃することと現実との間には大きな隔たりがあるようです。

 ところで、印刷局虎ノ門工場の土地は2007年に行われた独立行政法人整理合理化計画検討のために提出された資料では、土地評価格がおよそ400億円となっています。或いは、別に大手町に所有する土地の評価格はおよそ850億円です。さらに、2012年度末の貸借対照表に示された印刷局の土地資産総額は1,680億円です。東京都心の主だった土地を処分すれば、このうち1,000億円強が国庫に納付できる可能性があるということになります。この金額は、1つの組織が保有する非効率利用土地の額としては確かに大きいと言えます。また、高橋の意見に従って大阪の中心部に財務省造幣局が持っている土地を処分し、その全額を国庫に納付したとすれば、430億円の収入が見込めます。

 しかし、このような組織が仮に100あったとしても(これほど高額の土地を持つ組織がそれほど多いことは、実際には考えられませんが)、それらの非効率利用土地全部の処分金額合計は、10兆円にはるかに満たないと言うことになります。ジャーナリスティックに指摘されている話を聞くと、一種の爽快感を感じるのですが、それでは有形資産181兆円の大半は、やはり帳簿に載せたまま現金として国庫に入れることはできないということを意味しています。財務省の官僚は、国有土地を処分したとしてもせいぜい数兆円だと言っているようですが、財務省の内部をよく知る高橋が指摘したことをそのまま受け止めたとしても、それでも財務省官僚の主張を覆〈くつがえ〉せません。数兆円の違いは大きいとは言えますが、しかし、1,000兆円を超えるの国債の負担を減ずる材料としては、話が小さ過ぎます。

2017年1月4日初アップ 20〇〇年〇月〇日最新更新
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