小塩丙九郎の
歴史・経済データバンク

18. 日本第3の大経済破綻


〔2〕計画経済主義者がこだわる円安政策

(5) 政府の外国為替会計

   今まで、円安政策の実行が必要だと主張してきた財務官僚は、世界の為替市場に介入することによって何を実現しようとしていたのでしょうか? 政府のアメリカ国債買い増し額(対前年同月比)と円/ドル為替レートの推移の推移を同じグラフに描いてみると、政府が何を求めていたのかは、如実に分かります(下のグラフを参照してください)。

出典: アメリカ財務省統計を素に作成。
   アメリカ国債保有増加額は、各月の対前年同月増加額を計算。


 2000年代前半は、1ドル=120年より円安になることを求めていました。そのことは円/ドル為替レートが1ドル=120円より円高になった時に日本政府のアメリカ国債購入額が急増し、1ドル=120円より円安になった途端にアメリカ国債の保有額を減らしたことからわかります。そして、2000年代後半以降は、1ドル=110円に希求水準を下げています。そしてその目標水準より円高になると、目標水準と実際の円/ドル為替レートの差の大きさに応じてアメリカドルをアメリカ国債という形で買い増し続けています。

 しかしその間、実質的な円/ドル為替レート(同)は、1ドル=150円(同)のプラザ合意後の標準為替レートより、はるかに円安であったのです(実質円/ドル為替レートのグラフはここ)。日本政府と多くの経済学者は、1ドル=360円の固定レートが設定されて以降一貫する世界の自由為替市場を激しく否定する態度をとり続けたということです。その結果、外国為替資金特別会計の含み赤字(保有アメリカ国債の実勢円変換価額と発行済みの短期証券の総残高の差)は、50兆円、つまりGDPの1割相当額、近くにまで膨れ上がっています(2007年度含み赤字=47.5兆円)(下のグラフを参照ください)。政府は、ますます円安対策から足を洗えなくなっていったのです。為替政策は、言ってみれば国の大ばくちでもあるのです。しかし、この事実が国民に分かるようにマスコミが伝えることは、ありませんでした。

出典: 財務省『外国為替資金特別会計−財務書類』データを素に作成。会計年度末(翌3月)のデータ。但し、2014年度については9月末。

 しかし、2013年以来、日銀が大量の通貨を発行した(実際には、銀行が所有する国債を買い取るという行為を行った)ことにより、日本の通貨の価値は急激に低減し、そのことは急速な円安状態を誘発しました。日本銀行の通貨発行残高と日本国債保有残高の増え方は、それまでのアメリカ国債保有増額より2桁も違っていたので、アメリカ国債を買いますよりはるかに大きな為替市場への影響力があったということです。その結果、1ドルは120円近くにまで円安になり、外国為替資金特別会計は大幅な含み益(2014年9月末現在:14.6兆円)をもつこととなりました(上のグラフを参照ください)。

 円の価値は暴落したのですが、政府の特別会計は、赤字を解消したのです。だから、今ならアメリカ国債を売って、日本円に交換すれば、為替政策というような無用な投機行為をやめることができます。意識ある識者はそう考えているのですが、政府と大規模金融緩和を主張する経済学者は、そのようには考えてはいません。そして一般国民には、そのような国の特別会計に係る大変化が起きていることは、報らされてはいません。

 ところで、先進国の中で日本のような為替市場介入を行おうする国は他にはありません。そのことは、日本以外の世界の先進国がアメリカ国債をどの程度保有しているかを見てみれば、直ぐにわかります(下のグラフを参照ください)。日本は、アメリカ国債発行残高(国内分を含む総発行残高)の6.8パーセントを保有しており(2014年6月)、これは中国(香港を含み8.0パーセント)に次ぐ世界第2位です。しかし、輸出を基礎にして経済振興を図っているドイツのアメリカ国債保有額は、総発行残高の僅か0.38パーセントであるに過ぎません。イギリスもかつては比較的多いアメリカ国債を持っていましたが、現在は総残高の0.93パーセントしか保有していません。

出典: アメリカ財務省データを素に作成。

 ではなぜ、そのような努力をこれらの国々は行わないのでしょうか? 為替市場を人為的に操作することは、長期的には自国の健全な発展、言いかえれば、世界市場で強い競争力を持つ企業群の育成に支障になると考えているからです。無理やりに通貨安にするというのは、その国の輸出企業にとっての一種の補助金政策であると言えます。見かけ上の収入が増えるからです。見かけ上と言ったのは、その国の通貨ベースで収入が増えるだけで、国際競争上必要な世界基軸通貨のドルに換算して見れば、1ドルもその価値は増えていないことを言っています。その証拠に、外国から原料や設備機器、或いはソフトを買おうとしたら、その円換算価格はそれらの企業にとって急騰しているはずです。

 日本の輸出企業の多くは、1990年代半ば以降、実質的には大幅な円安が進む中で次第に輸出力を失ってきました。そのような輸出企業に売値を人工的に下げる特効薬を飲ませたからと言って、それは衰弱した患者にモルヒネを与えるのと同様の効果しかもたらしません。一時的に顔色は良くなるのですが、基礎体質を却って悪くすることになります。経営者の反省と復興への覚悟がさらに萎〈な〉えるからです。

 その上、自国通貨が安くなれば、国民の世界の産物を買う能力はその分低下します。海外旅行費負担も急増します。アメリカの大学への留学は、ますます難しくなります。また、生産コストの中で外国から購入する原材料費が高い割合を占める製造企業や店舗は業績が急速に悪化します。輸出企業への補助金の財源は、輸入企業の収益悪化分であると言えます。つまり、円安は、国内での所得の分配方法を変えたに過ぎません。価格が下がっても、外国人は日本製品を買う量を増やしていないので、日本に支払う額をまったく増やしてはいないことは、貿易統計が示しています。価格が下がれば販売量を増やすことができるという程の輸出競争力を、多くの日本製品はもはや持っていません。

 競争力を失くした企業を補助するというのは、伝統的な(通産省→)経産省の政策であり、また、米の需給が逆転して以来ずっと日本の農水省が農家と農協に対してとってきた施策でもあります。そのような施策は、補助される企業の国際市場競争力を回復させず、有能でない経営陣を温存することによってさらに企業競争力の低下を招くことは、既に歴史が何度も経験したことです。だから、世界標準の近代資本主義にできるだけ近づきたいと考える先進国は、そのような施策は採らないのです。

 競争力をなくした企業は市場から退出し、新たな若々しい企業が市場に参入することによって、つまり企業の交代によってしか国全体の産業力を維持・増進することはできないと考えています。そしてイギリスなどは、国内企業が退出して、外国企業が参入することにも何も問題がないと考えています。それが金融ビッグバンの意図したところです。そうして金融大国イギリスは、復活しました。金がないから自国通貨安対策を採らないのではありません。日本政府だって、国債を発行して国民と外国資本から原資を調達しており、政府資金が使われているわけではありません。自国通貨安政策は、「割に合わないバカげたことだ」と、多くの先進国政府は考えているのです。

 でも中国は日本以上にアメリカ国債を買っているではないか、と指摘する向きもあるでしょうが(下のグラフを参照ください)、中国は近代資本主義国を目指した国ではありません。近年中国もその強硬な姿勢を少し緩めてはいますが、通貨管理政策を採り、元/ドル為替レートを無理やりに元安にしているとアメリカを初め世界各国から強く非難されてきました。

出典: アメリカ財務省統計データを素に作成。

 2010年のアメリカの中国への人民元切り上げ要求に対して中国がアメリカ国債売りを脅迫材料として使おうとしたとき、経済学者のディーン・ベーカーは、「アメリカが最大の財政赤字を記録したときに、中国はアメリカ国債の最大購入者であり、中国はアメリカの赤字を埋めるために中国がアメリカ国債を買い続ける必要がある」と主張したのですが、経済学者のポール・クルーグマンは、「もし中国が撤退しようというのであれば、それはドルを売って他国の通貨を買うということになる。しかし、それはまさにアメリカの金融拡大政策(expansionary policy)に他ならない」と理解し、「ディーンが言うように、中国は水鉄砲を撃とうとしているようなものだ。もしそうすれば、冷たい水が飛び出す。しかし今は暑い日であり、我々には恵みの雨となろう」と一蹴しました。そしてその後アメリカ政府は、FRB(連邦準備制度)による大量のアメリカ国債の大量購入を開始し、2011年にはあっという間もないほどの勢いで中国の保有残高を追い越して行ったのです。

 そして2014年9月現在のFRBのアメリカ国債保有額(245億ドル)は、中国のアメリカ国債保有額(141億ドル)の1.7倍にもなっています。そして2010年以降、多少の増減はあるものの、中国の保有するアメリカ国債の額はほとんど増えていません。外国政府の中でアメリカ国債を2010年代に入っても買い増し続けているのは、主要国の中では日本しかありません。

2017年1月4日初アップ 2017年2月1日最新更新(政府のアメリカ国債保有額と円/ドル為替レートのデータのアップデート)
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