小塩丙九郎の
歴史・経済データバンク

8. アメリカ第2の産業革命


(8) 慈善活動の爆発(前編)

 アメリカの第2の産業革命が進む中で、アメリカでは、“慈善活動の爆発”があった、と経済学者のミルトン・フリードマン(1912-2006年)はその代表的著書である『選択の自由―自立社会への挑戦―』(1962年)の中で書いています。この著書は、ソ連の勢いがよくて、とくに宇宙開発技術では常にアメリカを先行していた時期で、日本の若者を含む世界中の多くの者が、貧富の格差を産む資本主義社会より、ソ連の標榜〈ひょうぼう〉する社会主義の方が、より未来的な仕組みなのではないかと考えていました。フリードマンはこれに対して、自由が最大限に許されればその社会は発展を続け、そうでなければその社会は必ず沈滞することになると主張しました。

ミルトン・フリードマン
〔画像出典: Wikipedia File:Portrait of Milton Friedman.jpg 著作権:The Friedman Foundation for Educational Choice 〕

 今では、フリードマンは、とにかく自由であればいいのだという絶対的自由主義者のように言われ、今の社会に格差が広がったのはフリードマンのような輩〈やから〉が多いからだ、と批判する人が、日本の経済学者を含め多くいます。それは大いなる誤解で、フリードマンは近代資本主義の原理を素直に明らかにしたに過ぎない、と私は考えています。近代資本主義とは何で、一体どのように発展したのかということについては別の章(ここ)で書いています。

 フリードマンが19世紀末に“慈善活動の爆発”があったというのは、19世紀末にアメリカの第2の産業革命(フリードマン自身は、“第2の産業革命”という言葉は使っていません)を成功させた著名な産業者、いわば19世紀アメリカのベンチャー・キャピタリスト、が盛んに多額の資産を慈善活動に投じたことを言っています。

 19世紀後半期の第1の富豪は、鉄鋼王と呼ばれたアンドリュー・カーネギー(1835-1919年)でしょう。彼が発展させた製鉄産業のお陰で、アメリカはイギリスを抜いて世界第1の産業国となりました。カーネギーは、富のあり方についての書を著し(『富の福音』〈原書:1889年、日本語訳:1990年〉)、「富をもって死ぬ者は不名誉である」と書いています。カーネギーに限らず、この頃の多くの実業家は敬虔〈けいけん〉なキリスト新教の信仰者であり、これは16世紀半ばにジュネーブの神学者であるジャン・カルヴァンが唱え、アメリカ建国の祖であるピルグリム・ファーザーズのもった理念に基づいた考えをもっていました。これは、そのカーネギーなりの表現であると言えます。

 カーネギーは、ピッツバーグにあるカーネギーメロン大学、或いはシンクタンクのカーネギー財団を設立しています。よく知られているように、アメリカではごく一部の例外を除いて、有力な大学は私立ですが、カーネギーは事業に成功して富を得れば大学を設立するべきだという風潮をつくった人の1人でしょう。ちなみに、アメリカでいちばん早く設立された大学はハーバードですが、これはピルグリム・ファーザーズたちが牧師を養成するためにつくった神学校を母体にしています。

 アメリカの第3の産業革命を説明する中で詳しく解説しています(ここ)が、アメリカの今日の産業国家としての礎を築いたのは優れた大学群であり、それらの多くは、カーネギーのようなベンチャー・キャピタリストから富豪となった者の個人的資産を資源として設立され、運営されています。いわば、カーネギーのような人たちが、産業国アメリカの最も基礎的な社会インフラをつくったと言っていいと思います。

 また、カーネギー財団を1つの典型例とするアメリカの非営利シンクタンクは、アメリカの政党が自力で政策構想をもつことについて多大の貢献を行っており、いわばアメリカの近代民主主義社会の重要なインフラとなっていると言ってもいいと思います。カーネギーは、「富をもって死ぬ者は不名誉である」との観念を実践しています。

カーネギー(左)とロックフェラー(右)
〔画像出典: Wikipedia Andrew Carnegie, three-quarter length portrait, seated, facing slightly left, 1913-crop.jpg(カーネギー) Wikipedia File:John D. Rockefeller 1885.jpg (ロックフェラー) 〕

 同時代のアメリカを代表するもうひとりの富豪といえば、ジョン・D・ロックフェラー(1839-1937年)でしょう。石油事業で巨額の富を得たロックフェラーは、アメリカの有力大学の1つであるシカゴ大学を設立しています。さらに、ロックフェラーは、ロックフェラー財団を設立した他にシカゴのセツルメント運動を行うために多額の資産を寄付しています。


ハルハウス(現在はイリノイ大学ハルハウス博物館)(右)
〔画像出典: Wikipedia File:UIC Hull House.JPG 〕

 セツルメントとは、慈善活動家が地域に住み込んで(settle)、貧困な地域住民を救済するという活動のことです。中でも有名なのは、1889年にジェーン・アダムス(ノーベル平和賞を受賞)がエレン・ゲイツ・スターと共同で設立したハル・ハウスです。貧民の子に教育を提供するところから始められましたが、次第に事業は拡大され、デイケアセンター、公衆浴場、ホームレスのためのシェルターを備えるようになりました。最初はヨーロッパからの移民を、次いでアフリカやメキシコからの移民を対象として、支援された人々の数は毎週1万人を超えるまでになったと言われています。

アメリカの第2の産業革命の背後には、
  • ピューリタニズム(キリスト新教)に基づく、経営者や労働者の倫理がある。

  • 富豪たちによる19世紀末の慈善の爆発は、現代アメリカの産業国家のインフラをつくった。

 他には、家族的経営の基礎を築いたコダック社のジョージ・イーストマンは、ロチェスター工科大学やMITに多額の寄付を行い産業国家アメリカの教育インフラの整備に貢献しています。その他、多くの医療施設や大学医学部への寄付も含め、生前1億ドルにのぼる寄付を行い、カーネギーやロックフェラーと並ぶ慈善家として知られています。

 このような、多彩な“慈善活動の爆発”があったことを根拠として、フリードマンは、「(1950年代までの)過去1世紀において、自由市場資本主義(われわれはこの言葉を「機会の平等」と解釈する)は、このような不平等を増大させ、富裕な者が貧困者を搾取する体制だとする神話が広がってきた」が、「これほど真理から遠い考え方はない」のであって、「自由市場体制とより広い社会的・文化的諸目標の追求との間には、どんな矛盾も存在していない」と拳を中に上げんばかりの勢いで主張してしています。

 このフリードマンが主張するアメリカの19世紀末から20世紀初頭にかけての富裕者による慈善活動は、アメリカが建国以来強くもち続けてきたプロテスタンティズム(あるは、ピューリタンニズム)に基づく経済倫理によるものであることは明らかです。アメリカの第2の産業革命の背後には、このようなアメリカの経済倫理があったことについて、若い皆さんにぜひ理解してもらいたいと希望しています。

2017年1月4日初アップ 2017年6月30日最新更新(画像の追加)
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