小塩丙九郎の
歴史・経済データバンク

9. アメリカが続ける第3の産業革命


〔2〕情報産業の誕生と企業構造改革

(9) シリコンバレーの労働市場

 情報産業革命によって、労働市場が流動化したと言って、その実態は一体どのようなものであるのでしょうか? そのことについて、説明を進めていきたいと思います。

 まだ充分に能力が知れていない大学や大学院の新卒者を採用するもの多くは、既に大企業となったものです。そして企業内で教育や訓練を施すことによって現場で使えるまでに育てていきます。その段階では、それらの者に支払わなくてはならない報酬はそれほど高くはないので、割の悪い話ではありません。そしてやがて、充分な能力があるとコミュニティで判定された者が、流動性の高い労働市場に登場することとなります(下の図を参照ください)。 命を賭けた死に物狂いの努力抜きでも大発明を行うことが期待できる、とはシリコンバレーの人たちは考えてはいません。

出典:小塩丙九郎作成

 そのような研究・技術者交換市場の中で、当然、自己価値を失っていく者も出てきます。そうすると、彼、或いは彼女、は一旦産業界を去って、その地域に充実して提供されている大学の大学院、コミュニティカレッジ、或いは民間の教育・訓練機関に移ります。そしてその費用は、日頃より貯めていた自己財源から負担します。足りなければ、ローンを組み、或いは奨学金を探す。リスクもあるし、金もかかる。しかし、当たれば巨額の報酬を手にすることができます。そして、そういう野心を持たない研究・技術者は、世界の先端産業で打ち勝つことのできる革新的な技術開発はできません。人生を賭けた死に物狂いの努力抜きでも大発明を行うことが期待できる、とはシリコンバレーの人たちは考えてはいないのです。

シリコンバレーでは、人材は常に流動している。

終身雇用、年功序列、学閥重視では、技術革新は決して起こせない!

 この労働市場に参加して人材を得なければ、手持ちの科学者や技術者を再教育するのでは、とてもベンチャー・ビジネスの生きのいい人材群には立ち向かえません。そこで、IBMは終身雇用制を捨てて、この新たな労働市場から人材を得ることを決心したという次第です。そして、IBMはようやく生き残りました。

 ところで、このコミュニティに有能な人材を供給するもう一つ重要なチャンネルがあると、アメリカ人経済学者のエリンコ・モレッティは主張します。優れた頭脳をもった海外からの留学生たちです。

シリコンバレーの拠点校 スタンフォード大学
〔画像出典:Wikipedea File:Stanford University campus from above.jpg(著作権者:Jawed Karim)〕

 モレッティは、「外国出身者はアメリカの労働力全体の15%にすぎないが、アメリカで働くエンジニアの3分の1、博士号保有者の半分を占めている」、「移民は非移民よりも起業する確率が30%近く高い。1990年以降、ベンチヤーキャピタルの支援を受けて創業し、のちに株式公開を果たした企業の4社に1社は、移民が創業者だ。また、売上高が100万ドルを超す新興ハイテク企業の4社に1社が移民によって設立されている。アップルの共同創業者スティーブ・ジョブズ〈父親は博士号取得のために渡米したシリア人〉、ヤフーの共同創業者ジェリー・ヤン〈台湾生まれ〉、グーグルの共同創業者サーゲイ・プリン〈ロシア生まれ〉は、アメリカで会社をつくり、アメリカ生まれの人たちに多くの雇用を提供した移民〈や移民の子ども〉の一部にすぎない」と具体の統計や個人名を挙げてその様子を説明しています(エンリコ・モレッティ著『年収は「住むところ」で決まる』〈日本語訳2014年;原著2013年〉より)。

 アメリカは、国内外からのベンチャーを起業する経営者や、そこで働く研究者の複数の供給源をもっているのです。日本とアメリカの差は、まことに大きいのです。

2017年1月4日初アップ 20〇〇年〇月〇日最新更新
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