小塩丙九郎の
歴史・経済データバンク

9. アメリカが続ける第3の産業革命


〔2〕情報産業の誕生と企業構造改革

(8) 情報産業から第3の産業革命への発展

 情報産業で起こった変革は、その他多くの産業に拡がりました。先ず、情報産業そのものの範囲が広がり、アマゾン(1994年設立)などのネット販売が店舗販売を凌ぐ勢いとなり、情報検索エンジンであるグーグル(1998年)が、情報検索サービスの範囲を拡大するとともに、完全自動運転自動車の開発を含む多様な産業技術の開発まで手掛けるようになりました。或いは情報産業は金融工学という技術と繋がって、金融産業を大改革しました。

 さらに重要なことは、情報産業が先導したベンチャーという起業の方法が、特に医薬産業に活用されたことです。バイオ・テクノロジー技術の発達は、従来大企業でなければ開発できなかった世界市場で通用する新薬を小資本でも開発することを可能としました。既存の大企業は、巨大な資本を投じて、物理化学の知見に基づき、違った素材を、言ってみればやみくもに、次から次へと合成することにより、低い成功確率を厭わず新薬を開発していたのですが、それも20世紀中におおよそ限界に達していました。つまり、考えられることは、ほとんどやり尽くしていました。そこに生命科学というまったく違った科学分野の知見に基づき、今までにない抗がん剤などの画期的な新薬が製造できることが発見されたのです。そこでは大資本よりは、科学者の創造的な智恵の方がはるかに重要でした。

 情報産業と同様に、医薬産業はベンチャーにとって、非常に都合のよい産業分野を提供しました。既存の大企業は、バイオ新薬を自らは開発できず、ベンチャーが開発した新薬の特許を買い取ったり、或いはベンチャー自体を高額で買収するという以外に、生き残ることができなくなりました。こうして、医薬産業界の構造は劇的に変化したのです。20世紀中は善戦していた日本の医薬企業は、21世紀入って有効な新薬(世界市場で高い占有率を確保できるブロック・バスター)をほとんど開発できなくなり、アメリカのベンチャーを買い取ることにより何とか生き残りを図ることを余儀なくされています(詳しくは、ここ)。

 ベンチャーという仕組みで、ハイリスクを覚悟すれば高所得を得られると悟った有能な革新的なアイデアをもった研究・技術者たちは、産業分野を限らず、起業を試みるようになりました。その成功事例の1つがスペースX社(2002年設立)です。従来は、ロッキード社やボーイング社といった巨大企業しか活躍できなかったロケット産業に参入し、既にコスト面でも能力面でも日本のHUロケットやヨーロッパのアリアンロケットを凌ぐ性能を示すロケット(ファルコン)を開発しており、国際宇宙ステーションへの商業補給サービスについて既にNASAと契約を交わしています。

 さらに2015年12月に、スペースX社は、衛星打ち上げに使ったロケット(ファルコン9型)の第1段を再び地上基地に垂直着陸させることに成功しました。パラシュートを開いて地上に近づいたあと、最後はエンジンを逆噴射してそのまま地上に直立して停止したのです。

スペースX社のファルコン9型ロケット(打ち上げ前と地上回収後)
〔画像出典:Wikipedea File:Falcon 9 carrying CRS-7 Dragon on SLC-40 pad (19045370790).jpg(打ち上げ前)、 File:Falcon 9 Flight 20 OG2 first stage post-landing (23273082823) cropped.jpg(着陸後)〕

 アメリカは宇宙船を再利用することを企て、スペースシャトルを開発したのですが、結局打ち上げコストを削減することには成功せず、スペースシャトル計画は、2011年に終了されました。しかし、スペースX社は、ロケットの再利用コストを大幅に削減することに成功しつつあります。コストは直ちに半分以下になり、将来10分の1になると予測する者もいるほどです。HUロケットを擁する日本と仏・独・英が中心となって設立したアリアン・スペース社(1980年)は、これに対抗する計画をもっていなません。もはや、ベンチャー・キャピタルの参入できない業種はなくなったと言っていいと思います。

 これが、アメリカの“第3の産業革命”の全体の様子です。その結果、アメリカは1970年代半ば以降年率実質2パーセントと、他の先進国に例を見ない安定した高成長を続けています(グラフはここ)。

 産業革命とは、単なる数人の天才科学者の発明に発するものではないということが理解されたでしょう。日本政府は、現在“第4の産業革命”を企画していると公表していますが、日本政府の理解する産業革命とアメリカで起こった、そして現在も進行中の“第3の産業革命”は、その意味するところがまったく違います。それは日本人が言う“リストラ”とアメリカ人が理解する“restructuring”が数次元違ったものであるということと同様にまったくの別物なのです。

2017年1月4日初アップ 20〇〇年〇月〇日最新更新
©一部転載の時は、「『小塩丙九郎の歴史・経済データバンク』より転載」と記載ください。



end of the page