小塩丙九郎の
歴史・経済データバンク

9. アメリカが続ける第3の産業革命


〔2〕情報産業の誕生と企業構造改革

(7) アメリカの企業構造改革は何をもたらした?

 しかも、単に広げ過ぎた間口を整理するという意味だけで、このダイベストメントを理解することは正しくありません。何故なら、情報産業革命が起こる中で、ダイベストメントは、それ以上の重要な意味を持っているからです。それがどのようなことを意味するのか? それは、アップル社を例にとるとよく分かります。アップル社自身はベンチャーであり、“restructuring”を行ってはいませんんが、この企業が、“restructuring”を行って得ることのできる理想的な企業の形のモデルである、と小塩丙九郎は理解しています。

 アップル社は事業を行うに当たって、最終製品の基礎技術の多くについての特許を確保し、アップルのブランドイメージを活用して大きな市場シェアを確保しています。そして、製品の各部品は、世界中の電気メーカーを競わせて開発し、高性能のものを安く開発できたメーカーを選んで、そこで生産されたものを、最後はコストが一番安い中国の工場に組み立てを請け負わせています。

 こうして、日本の電気メーカーの技術は利用され、結果として日本のメーカーのiPhoneについての部品占有率は高くなるのですが、日本メーカーが独占的に開発した技術要素を多く含んでいないので、日本メーカーのアップル社に対する価格交渉力は弱く、結果として日本のメーカーの実現できる利益率はアップル社のそれより1桁小さいものとなってしまうのです。

 このようなスリムで機動的な企業の形を実現するためにはどうすればいいのでしょうか? 先ず、同じ分野の同じ規模の事業を行うために、その企業が自社内に抱え込んでおかなければならない部門とそうではない部門を先ず分別します。社内に留めておかなければならない部門とは、企画・経営統括部門、研究開発部門、営業部門などがその代表例です。その他の部門についてその企業が必要とするモノやサービスが提供されているとすれば、それらのものを市場から調達するのと自社で生産し続けるのとどちらが効率的なのかを判断し、自社で継続することが必ずしも有利ではないと判断されれば、大胆にその部門を切り捨て、外部企業に請負発注するか、或いは、入札などの方法で、最高品質水準のモノやサービスを最低コストで調達しようとします。

 その企業の戦略的な商品(モノであれサービスであれ)を構成する重要部品であっても、自社の企画及び研究開発部門を維持(著作権などを確保)してさえいれば、市場での自社商品の優越性は維持できるし、場合によっては製品(モノであれサービスであれ)納入企業同士に部分的な技術開発を競い合わせ、その成果を自社で活用できるようにすれば、コストが下がるだけでなく、技術開発の水準やスピードまで向上させることができます。

 このようにして、不要な部門を企業から外に放り出した結果、企業は事業分野を変えず、事業規模を変えず、或いはさらに拡大しつつ、自社の組織をスリム化することができます。例えば、企業の全体が三角錐の形をしようとしていると考えれば、三角錐の頂点の位置を保ったままで、底辺の幅がぐっと縮まるようにすべての段階での不必要な部分を徹底的に削ぎ落とす、それに対して、日本の多くの経営者が口にする“リストラ”では、三角錐の形状は、それまでと同じサハラ砂漠にあるピラミッドのような末広がりの形を保ったまま、全体を小さくする、或いは、別の所へ持っていく、その結果、雇用者の数が減ったということにおいてはアメリカの企業も日本の企業も同じなのですが、出来上がった企業の形はまったく違ってしまいます。

 “restructuring”を行ったアメリカの企業は高くてスリムな三角錐となりますが、「リストラ」を行った企業は低くて底辺の広い三角錐となります。“restructuring”と「リストラ」の違いを絵画的に表現すれば、そうなるでしょうか?

アメリカ企業と日本企業の構造改革

 だとすれば、“restructuring”は、市場の好不況にかかわらず、不断に企業が行うべき活動の一つの形であるということが理解されるでしょうか? アメリカでは,リストラクチャリングは、「好不況を問わず、毎年上昇の一途をたどっている」(スチュアート・ギルソン著『コーポレート・リストラクチャリング』〈2001年〉による)し、「“ダウンサイジング”を実施する理由に景気の悪化を挙げたアメリカ企業は皆無であり、ダウンサイジングを行った企業の大半は、その年に利益を上げた」(ピーター・キャペリ著『未来の雇用』〈2001年〉より)のです。“restructuring”は、多くの日本人がイメージする“不況対策”では決してありません。

アメリカの企業構造改革は、

景気対策ではなく、常時遂行する成長戦略。

 ベンチャービジネスの盛んな勃興、そして旧型企業の大胆な構造改革、“restructuring”、この2つの産業界の動きによってアメリカは情報産業をまことに驚くべき速さで発展し始めました。若い皆さんには、情報産業とは、単なる技術革新によってもたらされたものでは決してないことを、はっきりと意識して欲しいと思います。そしてこの新たな産業の仕組みは、情報産業界に留まらず、医薬産業界や金融産業界、或いは宇宙産業界に波及していったのです。

2017年1月4日初アップ 20〇〇年〇月〇日最新更新
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