小塩丙九郎の
歴史・経済データバンク

21. アメリカの格差問題


〔4〕アメリカの格差を解消する政策

(5) 経済倫理の復活(後篇)

 1940年代に弱めらるべきであった連邦政府の社会福祉事業への介入体制がそのままとされ、1953年以降の軍事費の削減を奇貨として、本来下げられべき税率を維持して社会福祉予算を増額させていったことにより、アメリカの同胞意識が弱まりつつあった中で、2000年代に入って経営者たちの労働者への同胞意識の低下を多くのアメリカ人労働者が感じとったということでしょう。そうしてアメリカ人の多くの者が格差の拡大を感じ取り、遂に2011年に若者たちがニューヨークのウォール街を行進して、“Occupy Wall Street! We are the 99%!”と叫ぶ(この章の冒頭写真〈ここ〉を参照ください)という事態に至ったのだ、と小塩丙九郎は理解しています。

 しかし、アメリカの寄付金総額が、世界で断トツのGDPの2パーセントもある(このグラフを参照ください)と言うことは、まだアメリカでもキリスト新教、プロテスタンティズム、に基づく慈善の精神が死んではいないということを意味している、と小塩丙九郎は考えるのです。寄付を有利にする税制のせいだという意見もありますが、そのことは何度もアメリカ議会で真剣に議論されて、それでも残されている部分についは、まだ相当適切な部分がある、とアメリカ国民自身が考えているということでしょう(その詳しい説明はここ)。

 また、ビル・ゲイツやウォーレン・バフェットのようなアメリカを代表する富豪が、個人的財産のすこぶる多くの部分を非営利財団の基金として、国内及び世界での慈善事業を積極的に展開しているということも(その説明はここ)、アメリカのキリスト新教、プロテスタンティズム、の精神の存続を応援しているのだと思います。

 このように、社会福祉や所得再配分を重視すると言ういわゆるリベラル派、がその目的のためと称して政府を拡大して、政府官僚と連携する外部の社会福祉専門家たちが自由市場を通さない恣意的な所得の再配分と福祉事業を実施して、実質的に人民と市場の自由を奪ったことが、アメリカ人の間の格差の拡大に結果として寄与したのだ、と言うことを理解しなくてはならないと思います。

 フリードマンやシュムペーターが主張したように、自らをリベラル派と呼ぶ人たちが、自由な人民の意思に基づく慈善で実現されるべき社会福祉を、権力をもった官僚と市場の自由を拒否する社会福祉専門家の恣意により企画・運営される公的事業により供給される仕組みに変えてしまったのです。こうしてリベラル派の人々は低所得者や弱者に恩恵を与えたつもりであるのですが、しかしそれは人民の慈善の精神を弱々しくさせ、人民の間の同胞意識のレベルを下げ、格差の意識と実態をつくり上げることに貢献することとなりました。

 このような状態で、リベラル派は格差をなくすためにさらに累進課税率の傾斜をきつくして高所得者の負担を増やし、そうして得た財源を自分たちで“公正”に配分するのだと主張しています。しかしそれはさらなる慈善の精神の低下を招き、アメリカ社会での格差の意識と実態のさらなる拡大と言う悪循環に陥っていくことになることは間違いありません。また、所得税率のアップは、高いリスクを採ってでも革新的な事業を行うために起業するというベンチャー・キャピタリストのモラル(やる気)を低下させ、ひいてはアメリカ経済の成長を弱める効果をもつこともおおいに懸念されます。

 こうして、自由と言う言葉が正常な形で使われず、慈善や同胞の精神が痛めつけられ続ける中から、ドナルド・トランプという奇妙な人物が大統領に選出されると言うまことに喜劇的な政治状況が生まれることとなったのです。第2次大戦中の日系アメリカ人排斥を思い浮かべさせるようなトランプの数々の発言は、アメリカの国家原理であるところとの自由と慈善の高い次元での並列と言う観念から遠く外れています。

 2016年の大統領選挙は、そのトランプとリベラル派代表の戦いであったのですが、それはアメリカにとって不幸な出来事であったと思います。1620年に新大陸にわたったピルグリム・ファーザーズ、そして独立戦争を戦い抜いて1776年に建国したファウンディング・ファーザーズの精神をより真正な形で受け継ぐ指導者がこの大統領選挙に候補者として加わっているべきでした。しかし、2000年代に入ってからのアメリカの経営者とリベラル派の政治家や活動家の対立が産んだ格差の拡大が、正常な大統領選挙の実現を阻むことになってしまいました。

 アメリカ国民は、もう一度1620年から1776年への歩みの道を繰り返して体験するべきだ、と小塩丙九郎は考えます。具体的に言えば、今アメリカに必要なことは、肥大した政府を縮小し、恣意に極力基づかない科学的で公正な税制を導入して、人民と市場の自由を最大限にまで回復することにあると考えます。

2017年1月4日初アップ 20〇〇年〇月〇日最新更新
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