小塩丙九郎の
歴史・経済データバンク

21. アメリカの格差問題


[3]アメリカの格差とトランプと言う男

(7) トランプ旋風は悪性の熱病

 カーネギーは、その著書『富の福音』の中で、富豪が築いた財産を最も上手に使えるのは、社会での事業の仕方を最もよく知っている富豪自身であって、それを政府官僚に預けても社会貢献のための効果的な事業に使われることはないし、資産を低所得者に均等にばらまくのは、それらの者の怠惰を助長する最悪のやり方だと言っています。

 しかし、低所得者の中には、そのような富豪は強欲な暴利を無さぶる事業者の自己正当化の議論を行っているに過ぎず、人々が平等であることこそが大切なのであると主張する者がいますし、それを応援する社会福祉家も多くいます。カーネギーの語ることは、ハーバード大学などの知性豊かな卒業生の理屈であって、つまり知性主義の考えであって、もっと単純に人の平等ということを実現しようとすればいいのだというのです。ちなみに、カーネギー自身は、家庭が貧乏で一切の高等教育を受けていません。

 それでは、相手が困惑することを構わす、「人はなぜ自由で平等でなければならないのか?」とつきつめて問えば、多くのアメリカ人は最後には、「神がそう決めたからだ」と答えるのではないかと思います。いやアメリカ独立宣言は、イギリスの哲学者であるジョン・ロックの“自然権”という合理的な考え(啓蒙思想)に影響されたのであると説明する人もいるかと思います。しかし、ロックは敬虔なキリスト新教信者であり、自然権という考え方は、理性で神の存在を認識できるというロック哲学の上に構築されたものです。あるいは、そもそも、アメリカをアメリカならしめた思想と信条は、ロックが誕生する以前から進行していたのだ、と『分断されるアメリカ』の著者である国際政治学者のサミュエル・ハンチントンは説明しています。

 平等を主張する反知性主義者も、結局のところ、ピルグリム・ファーザーズがイングランドから持ってきたキリスト新教というところに行きつかなくてはならないということが重要です。そしてその平等とは、結果の平等ではなく、機会の平等を言っているということにはすぐ気が付きます。しかも、それは、神が一人ひとりに違った才能を与えたという“事実”を認めた上でです。そして、多様で個性的な才能を徹底的に発揮させることによって、アメリカは世界1の産業国家に成長した、そのことも、冷静になったアメリカ人は認めざるを得ないでしょう。だから、反知性主義といったものがあったとしても、それは一過性のものでしかあり得ないのです。そしてアメリカ人の多くが、数年間のうちには、それが悪性の熱病であることに気が付きます。

 悪性の熱病は、アメリカという国がそれに罹患〈りかん〉しているあいだには、少なくない数の被害者を出すことになるかもしれません。マッカーシー旋風によって、例えば多くの無実で有能な映画人が議会でつるしあげにあった上に、共産主義者という烙印を押されてハリウッドから追放されたようにです。今回は、先ずは第1にトランプが大統領に選出されないように祈るしかありません。

 私たち日本人も、反知性主義という高邁に聞こえる用語を使うことはできるだけ避け、冷静にアメリカの実情を科学的に理解したいものだと思います。アメリカが、世界で最もサスティナブルな先進国であるという厳然たる事実を忘れたてはならないということです。

2017年1月4日初アップ 20〇〇年〇月〇日最新更新
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