小塩丙九郎の
歴史・経済データバンク

21. アメリカの格差問題


[3]アメリカの格差とトランプと言う男

(6) トランプ躍進とかぶる田中角栄待望の声

 トランプが反知性主義を代表するものであり、強欲な金融資本家を批判する若者の味方であるという世評に、私はどうしても馴染めないものを感じるのです。トランプに似た日本人といえば、1972年に日本列島改造論をぶち上げた、だみ声が印象的な田中角栄がいます。国民の間では高い人気がありましたが、結局のところ、政府予算を公共事業に投資して、道路族、或いはさらに広く言えば建設族という利権誘導政治家群を構成して政界と官界を再構築した金権政治家でしかなかったというのが私の確固とした意見です。昨今、日本のリーダー不足を嘆く人の間に田中角栄待望論が芽生えていると仄聞〈そくぶん〉しますが、それと今回のトランプ人気はよく似ています。

 一方、アメリカの歴史的大富豪であるカーネーギーやロックフェラーが、あるいは現代の大富豪であるゲイツが、アメリカを世界をリードする産業国家にするために産業国家の核となる基幹産業を育てる過程で得た自分の資産の多くを、さらにアメリカをより強大な産業国家に育てるためのインフラと言っていい大学の設立や、あるいは貧民、移民などを救済する公益財団の設立と運営に投じたのは、キリスト新教の慈善の観念に従ったものだと理解されます。シカゴでヨーロッパから着の身着のままに近い姿でやってきた何十万人もの移民に救済の手を差し伸べたロックフェラーや、あるいは世界の貧困や疾病に苦しむ人を救う努力に着手したゲイツと、メキシコ国境に壁をつくると豪語するトランプの姿勢の違いには、悄然〈しょうぜん〉とするほかありません。

 アメリカには、突然のように、理性的でなく、自己中心的で世界平和も人権も顧みない暴風が吹き荒れることがあります。1950年代の赤狩りを盛んにしたマッカーシー旋風はその典型です。或いは、日露戦争後に日本と満州の利権配分についての合意形成に失敗して以降のアメリカの、国内及び世界政治の場での排日運動の底にある人種差別意識の涵養ももう一つの例だと言えます。それを、知性主義に対抗する反知性主義だと称して“健全な”アメリカ国民の運動であると持ち上げるのは、随分なお門違いだというものでしょう。

 ちなみに、アメリカで大衆的布教活動を反知性主義と命名したのは、を始めたのはアメリカの政治史家のリチャード・ホーフスタッター(『アメリカの反知性主義』〈1963年〉)であり、日本でその名を広めつつあるのは、神学者の森本あんり(『反知性主義―アメリカが生んだ「熱病」の正体〈2015年〉』です。アメリカを理解する上で、宗教、特にキリスト新教、を理解することは欠かせませんが、しかし観点がそこ一点に偏るのもまた大きな間違いを招きかねません。経済学と宗教、そして産業開発などの重要な諸点について、バランスのいい視点をもつことが大事です。学際学の存在と発展を認めない日本ではむずかしいことですが、それなしで、将来を展望することはできない、と私は考えています。

2017年1月4日初アップ 20〇〇年〇月〇日最新更新
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