小塩丙九郎の
歴史・経済データバンク

21. アメリカの格差問題


[2〕アメリカの格差はどうして起こったのか?

(5) 慈善か所得の平準化か?

 キリスト新教は、自分の才能を活かして莫大な富を蓄積することを認めています。或いは、奨励しているとまで言っていいかもしれません。しかし、その富は、個人のものではないので、社会に還元しなければならないというのです。そしてアメリカの歴代の多くの成功者はそのことについても結構まじめに努めたともいえるのです。

 19世紀末から20世紀初頭にかけて、アメリカは第2の産業革命と言っていい、半世紀以上にわたる長い高度成長を続けていました。その過程で、歴史的な大富豪が現れました。例えば、アメリカの石油王と呼ばれたジョン・D・ロックフェラーであり、あるいは鉄鋼王と呼ばれたアンドリュー・カーネギーです。

 この二人については、巨大な富を築くために多くの労働者を低賃金で、しかも苛酷な環境の下で働かせた非道な人だと非難する人が多くいます。資本主義の強欲さの象徴だというのです。しかし、これら二人は、今に残る著名な大学を設立しています。シカゴ大学とピッツバーグにあるカーネギーメロン大学です。

 ここでは詳しく論じませんが、アメリカの著名な大学の大半は私立であり、それはアメリカが今日も革新的な産業技術開発続けることのできる原動力となっています。いわば、現代アメリカの産業インフラといえます。そしてそれは、大富豪となった人たち、あるいは大富豪と言えないまでも多額の資産を築いた無数の多くの資産家の寄付によって設立され、あるいは運営されています。

 アメリカをIT産業王国に育てた土地としてよく知られるシリコン・バレーの拠点大学は、スタンフォード大学です。この大学は、アメリカの第2の産業革命が盛んであった19世紀末に(1891年)、アメリカ大陸横断鉄道であるセントラル・パシフィック鉄道の創設者であるリーランド・スタンフォードによって1891年に創設されています。アメリカの大富豪たちが設立した自由な私立大学群がなければ、今日の世界一の産業国家はなかったと言っていいでしょう。

大富豪たちを非難する人たちは、それは大富豪たちが国民の非難をかわし、あるいは名声を勝ち取るための手段にすぎないと言うのです。しかし、これらの人たちは、現役であった頃から、さかんに神の名や、あるいは神より与えられた使命を口にしています。そして実際のところ、彼らが行った事業の拡大、あるいはその結果生んだ巨額の資産を大学設立につぎ込んだことは、キリスト新教の教義に悖〈もと〉るものではありません。

 大学設立だけでなく、ロックフェラーはシカゴで当時盛んになったセツルメント運動を行う財団に私財の多くをつぎ込んで設立しています。セツルメント運動とは、シカゴに流入してきた移民で生活に困窮する者の間に社会活動家が住み込んで、それらの者を支える運動のことです。公的な社会福祉策がほとんどなかった時代、それによって多くの移民が救われたのです。そしてこれは、キリスト新教が富裕者に求める慈善のあり方そのものです。

 ロックフェラーやカーネギーは、結局子孫に巨額の遺産を残したではないかと言って批判を続けることは自由ですが、彼らの人生を賭けた事業によってアメリカは世界1の超大国になったのであり、祖国での迫害や貧困を逃れた多くの移民が豊かに、そして幸せになれたという歴史の事実もまた、同時に残されているのです。大富豪たちの真の心のあり様を徹底的に追及するということは、どこまで必要なことなのでしょうか? 少しの私欲でも残ることは、認めてはならないのでしょうか?

2017年1月4日初アップ 20〇〇年〇月〇日最新更新
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