小塩丙九郎の
歴史・経済データバンク

21. アメリカの格差問題


[2〕アメリカの格差はどうして起こったのか?

(3) トランプは宗教精神に訴えかけているのか?

 最近、アメリカ大統領選の裏側を明らかにするという触れ込みで、今度のアメリカのトランプとサンダースの躍進は、アメリカの“反知性主義”によるものだという論調が目立つようになって来ました。それは、宗教にはとんと関心を見せない日本人には少しわかりにくいことなのですが、アメリカがどのような資本主義国家であるかということに関わる非常に重要な問題なのです。だから、将来、日本の経済を復興すべきであると考える人にとっては、知っておかなければないないことなのです。

 日本人にとっては、資本主義と宗教に何の関わりがあるのかと怪訝に思われるのかもしれませんが、近代資本主義は、16世紀の、つまり日本が戦国時代であった頃のヨーロッパに起こった宗教改革がなければ決してつくられなかったものなのです。近代資本主義が何であり、どのようにして生まれたのか、そしてそれが今の日本の資本主義とどう違うのかということについては、別のところで詳しく論じていますので、ここでは、そのことは割愛して、当面、アメリカの大統領選を理解するのに必要な範囲の説明に留めておきたいと思います。

 反知性主義というからには、知性主義というものがあるはずです。そしてそれは、アメリカ建国の父といわれる1620年でメイフラワー号に乗って新大陸に渡ってきたピルグリム・ファーザーズ、巡礼父祖、の考えに遡〈さかのぼり〉ります。これらの人々は、敬虔なプロテスタント、つまりキリスト新教の信仰者、であったのですが、その人たちが大事にした教義は、いわば少々理屈っぽく、従来のただ祈れば救われる、とか、あるいは神父の奇跡を信じなさいといったものとは違っていました。旧教の神父や修道士たちが、神秘の力を乱用して、教会や修道院を腐敗させたことに抗議して立ちあがった神学者がつくり上げたもの、というところに、その源を求めることができるかもしれません。

 信者を導く神父と違って、信者の信仰を手助けする役目を負った牧師は、神学校で猛烈に勉強してその教義を得ました。だからピルグリム・ファーザーズたちは新大陸に渡って来て16年しかたっていない1636年に、牧師を養成する機関としてハーバード大学を創立しました。しかししばらくして、知性を蓄えた者が社会の成功者になっていくと、それに取り残された人たちが、アメリカ建国の原点は、もっと素朴な神の前での平等を実現することであったはずだと主張し始めます。それらの人たちがアメリカ史の中で何度か激しく活動することがあったので、社会の上部を構成する者の知性主義者に対して反知性主義と呼ばれるようになりました。その運動の最も有名なものは、戦後の冷戦期に、激しいソ連との対峙を続ける中で繰り広げられた“赤狩り”を煽動したいわゆる“マッカーシー旋風”であるとされています。

 今のアメリカ社会の格差を産んだのは、有名な大学を卒業した知性溢れる人たちだ、人々は建国の精神であるキリスト新教の教義の原点に立ち戻って、人々の平等を実現すべきであるという激しい熱情が、トランプの支持者に間にある、だからそれはアメリカ史の中で時折発生する反知性主義の嵐なのであるというのが、大統領選の裏側事情報告者の主張するところなのです。

2017年1月4日初アップ 20〇〇年〇月〇日最新更新
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