小塩丙九郎の
歴史・経済データバンク

21. アメリカの格差問題


[2〕アメリカの格差はどうして起こったのか?

(2) 経営者は本当に強欲なだけなのか?

 アメリカのトップ1パーセントを構成する主要メンバーである企業経営者(CEO)たちは、社員の利益などまったく顧みず、株主に利益を還元することが大事だと考え、株価を操作してまで自分の所得を拡大することに専念していると言って、アメリカの格差拡大は、企業経営者たちの倫理観の腐敗が原因だと主張する本が日本でも発行されています。ジャーナリストのヘンドリック・スミスが書いた『誰がアメリカン・ドリームを奪ったのか?』(原本2012年、日本語訳2015年出版)がそれです。

 これが、今、「われわれは搾取される99パーセントだ」と叫ぶアメリカの若者の見方を代表しているのでしょう。そして、そのような動きを煽ったフランス人経済学者のトマ・ピケティもそれと似た口調です。

 これらの人々は、1980年代にアメリカは変わったと説明しています。そして変わったのは、アメリカの経営者の考え方、倫理観なのだと。そしてそれを煽ったのが、経営者がストックオプションを獲得すれば、経営者は自身と株主の間の利害の衝突から逃れられるという論文を書いたハ―バード・ビジネススクールのマイケル・C・ジェンセンとロチェスター大学のウィリアム・H・メックリングという二人の経済学者だというのです。ストック(株式)オプション(選択権)とは、経営者が将来、自社株を経営者に指名されたときに定めた価格で買い取ることのできる権利を言います。株価を高くすれば、経営者と株主の両者がもうかるのだから、それで両者の利害は同じになるという理屈です。

 しかし、このような人たちに共通するのは、1980年代には、既存の大企業の形態が時代遅れになって、アメリカはベンチャーの時代に移り、そのことによって日本やドイツに打ち負かされそうになっていたアメリカ経済が蘇ったのだという事実を無視していることです。そして、そのことについてはこのデータバンクの別のところで詳しく説明しますが、その過程で企業の構造は大変革したのです。その一例は、社員の終身雇用制が廃止されたことです。そうしなければ、企業は生き残れず、社員の雇用を第一と考えている官僚経営者、つまり雇われ経営者、が経営する企業の多くは、倒産するしかなかったのです。

 ドナルド・レーガン大統領の規制緩和策が実行される中で、1930年代の大恐慌のときより多くの企業が倒産しました。革新的企業構造に変革しない企業は市場から退出を余儀なくされ、そのような企業に働く多くの社員は失業したのです。その悲劇については、1980年代以降の企業経営者を批判する人は、まったく触れようとはしません。1980年代に、経済構造全体が変わった。その視点をもたない論者は、社会の分断を助長する役割しか持ちえません。

2017年1月4日初アップ 20〇〇年〇月〇日最新更新
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