小塩丙九郎の
歴史・経済データバンク

21. アメリカの格差問題


[2〕アメリカの格差はどうして起こったのか?

(11) 低所得者の所得が伸びないのはメキシコ移民のせい

 そもそも、アメリカの低所得者というのは一体どのような職業についているのでしょうか? その大半は、サービス産業労働者であり、例外は農林水産業の労働者です。800を超える詳細な職業分類の中で、最も年収が低いのはファーストフード店の店員、飲食店の皿洗いや準備要員、美容院のシャンプー要員、キャッシャーといったような人たちで、年収はおよそ2万ドルです(2015年、240万円)。職業を大分類すると、その次に年収の低い労働者は、個人サービスに従事する者、農林水産業に従事する者、建築物等の清掃・メンテナンスに従事する者、ヘルスケアのサポートをする者といった順番になります。典型的な非熟練のサービス産業従事者が並びます(下のグラフを参照下さい)。

アメリカの成長率
出典:アメリカ労働省Bureau of Labor Statisticsデータベースを素に作成。

 2010年代以降、失業率が下がっている割に、これら低所得者の賃金が増えないのは、労働生産性が低下していることが影響していると思えます。製造業は、労働生産性の低い工場を外国企業を活用することとして、比較的労働生産性の高い工場を国内に残しているので、2004年から14年までの10年間は年率2パーセントという高い率で生産性が向上しています。それに対して、低所得者が主に従事する小売、健康・社会福祉、その他サービスといった産業については、労働生産性が僅かながらにですが下がっています(下のグラフを参照下さい)。この分野での産業技術に何らの進歩もないということです。

アメリカの成長率
出典:GDPについてはアメリカ商務省Bureau of Ecnomic Analysisの、労働者数についてはアメリカ労働省Bureau of Labor Statisticsのデータを素に算出。

 さらに、アメリカの低所得者の賃金について考えるとき、多数の移民が毎年流入していることを考慮にいれる必要があります。アメリカでは1970年代以降移民の数が増えていますが、ヨーロッパからの移民が多かった20世紀前半までと違って、移民のうち7割をメキシコを中心とするラテンアメリカの出身者が、3割をアジア出身者が占めています。その総数は、非合法移民を含め、おおよそ年間100万人程度と見込まれます(アメリカ統計局の10年毎の国勢調査による外国生まれ人口統計の変化から推測)。

 それらの者のほとんどは、最も低い部類の所得の職業に就くことが多いと見込めるので、それらの業務形態に進歩がなく、つまり労働生産性の向上がない、とすれば、雇い主にとって実質的賃金を上げなければならない理由はなくなります。或いは、次から次へと低賃金労働に就くことを厭わない移民がやってくるので、生産性を上げる努力をする必要もないということもあります。そうなると、賃金の短期的上下の要素は失業率に表される労働需給状態のひっ迫度だけということになりますし、実際そうなっていることは以前に見たとおりです。

 こうして見ると、アメリカの所得格差が拡大している第1の理由は、ITを先頭として、医薬、医療機器、航空等の先端産業技術が革新されて、その成果をもたらした経営者や研究技術者の実質所得が急速に向上してきたこと、そして第2の理由は、熟練を必要としないサービス産業での労働生産性が一向に改善ず、しかもその低賃金が年間100万人に及ぶ移民の流入によって固定化されていること、そして第3に、以上の2つに比べればその重要性は大分小さくなりますが、工場が外国に流出して、中所得者向けの職場が減っていることだということがわかります。

 このように、経済のグローバル化によってアメリカの高所得者が利益を受け、アメリカの国全体の経済力が増進する一方で、第Uから第V分位の者が若干の悪影響を受けているというわけですから、総合的にアメリカ人が経済のグローバル化を批判すべき理由は薄弱だということになります。そして低所得者の賃金が向上しないという事情は、近年に始まったことではなく、移民の数が増え始めた1970年代から既に半世紀近く続いているのであり、それは経済のグローバル化とはほとんどかかわりのないことだということになります。

2017年1月4日初アップ 20〇〇年〇月〇日最新更新
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