小塩丙九郎の
歴史・経済データバンク

21. アメリカの格差問題


[2〕アメリカの格差はどうして起こったのか?

(10) 工場労働者の所得は悪くない

 確かに、アメリカで製造業に従事する労働者の数は2004年から2014年の10年間に213万人、年率にして2.4パーセント減り続けています(下のグラフを参照下さい)。それはアメリカのIT,あるいは医薬といった先端産業が、特に難しい技術のものについては韓国、台湾、あるいはヨーロッパの企業に、そうでないものについては中国を中心とした新興国の企業に製品の製造を発注しているからです。そしてアメリカに残された工場は難しい技術を擁するものに特化し始め、1人当たりGDPの伸び率に表されている製造業の労働生産性は、年平均2パーセントという高い伸び率を実現しています(もう一つ下のグラフを参照下さい)。

アメリカの成長率


アメリカの成長率
出典:アメリカ労働省Bureau of Labor Statisticsデータベースを素に作成。

 ただ、製造業に従事する労働者の賃金は、アメリカの労働者の中で最も低いグループ(第T分位;最下位2割の者)に属するものではありません。第U分位が4割弱、第V分位が4割強というところです(下のグラフを参照下さい)。そして最も所得の低い第T分位の者は全体の1割強にとどまっています。ところで、アメリカの労働者の中で、賃金の1番減り方の大きいのは第T分位に属するものです。これらの労働者の所得が減るのは、製造業の空洞化の影響も僅かにありますが、しかし、それが最も大きな要因ではありません。

アメリカの成長率
出典:アメリカ労働省 Bureau of Labor Statisticsデータをもとに計算。

 また、製造業の労働者が減っている(-213万人:2004-14年)一方で、増えている職業は健康・社会福祉サービスに従事する労働者(+270万人)と専門職(professional & business;+363万人)、それにレジャー産業に従事する労働者(+222万人)です。第1と第3の者は比較的所得の低い職業ですが、第2の者の所得は比較的高いものなので、製造業に従事する労働者が減ったと言っても、それがすべてより低所得の職業選択しかできなくなったというわけではありません。本人の努力次第で、所得を維持、さらには上昇させる可能性もあったわけです。

 実際、アメリカには、現役労働者に職業訓練を提供するコミュニティ・カレッジや民間職業訓練機関が多数あります。アメリカの職業訓練機関の年間事業費総額は1,000億ドル(およそ10兆円)をはるかに超えていますが(1,215億ドル〈2001年〉)、企業の外側にある独立した職業訓練機関だけでも年間事業費が1,000億ドル近い(845億ドル:2001年統計)規模をもつ大産業です(下のグラフを参照してください)。職業訓練は、落ちこぼれ労働者に公的機関が提供するものだというのは、終身雇用が原則と考える日本の厚生労働省官僚独特の考え方で、例えばヨーロッパでも、職業訓練は生涯教育という位置づけの中で、高度の教育・訓練が施されています。詳しい説明を省きますが、デンマークとオランダが1990年代に始めたフレキシキュリティ(flexibilityとsecurityの合成語)という先端産業への転職を可能とする労働者の技能向上プログラムは、その典型です。

アメリカの成長率
出典:独立行政法人 労働政策研究・研修機構 原ひろみ著『労働政策リポート:アメリカの職業訓練の政策評価−サーベイを通じて−』掲載データを素に作成。

 所得第T分位の労働者の物価上昇分を引いた実質所得は、1970年代以来半世紀近くの長きにわたっておよそ17,000ドル(2014年基準)で変わっていません。実際には、プラスマイナス2,000ドルの短期的な変化はあるのですが、そのほとんどは失業率の変化で説明できてしまいます。失業率が高くなれば賃金は下がり、失業率が低くなれば賃金は上がります(下のグラフを参照してください)。

アメリカの成長率
出典:所得についてはアメリカ商務省Bureau of Ecnomic Analysisの、失業率についてはアメリカ労働省Bureau of Labor Statisticsのデータを素に算出。

2017年1月4日初アップ 20〇〇年〇月〇日最新更新
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