小塩丙九郎の
歴史・経済データバンク

21. アメリカの格差問題


[1]アメリカとはどんな国か?

(6) 冷戦が終わってIT技術者がスピンアウトした

 ケネディの約束通りに、アメリカは1969年に月に人を送り、そして無事連れ戻したのですが、このときもはやソ連はアメリカに追随する力を見せることはできませんでした。宇宙開発産業技術でのアメリカの勝利は、そのまま西側陣営の東側陣営に対する実質的な勝利として世界中の人々に受け取られました。勝利を確信したアメリカ連邦政府は、1960年代末からNASAの技術者を減らし始め、特にNASAとの契約によって仕事を得ていた民間企業に働く多くの技術者が職を失うことになりました。そしてこれらの人が民間の産業で仕事をしようとして始めたのが、ベンチャー企業です。

 冷戦での勝利を確信したアメリカは、軍事費の削減をもくろみ、1960年代半ばには最高所得税率を9割から7割に、そして1980年代初頭には7割から4割に下げました。そしてこのことは、大きなリスクをとってベンチャーを起業しても、十分に高い報酬によって報われるという意識を若者に産みました。民間で新たな仕事を見つけないといけない、リスクをとって起業すれば報われる、そしてインターネットなどの宇宙開発関連技術の民間利用が解禁される、こういったことが1980年代の情報産業を主とした大ベンチャー・ブームを巻き起こしたというわけです。そして既に紹介した通り、そのことによって日本やドイツとの貿易市場での戦いで苦戦を強いられていたアメリカの産業は、息を吹き返したのです。

 こうして、ベンチャーの躍進によってアメリカ経済全体が救われました。ベンチャー起業家が高い報酬を得ることとなった一方で、多くの労働者の所得はそれほど上がりませんでしたが、しかしそれらの者は、1割近くまで高くなっていた失業率が、アメリカの平常時の水準である5パーセントにまで下がるということによって恩恵を受けたのです。

2017年1月4日初アップ 20〇〇年〇月〇日最新更新
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