小塩丙九郎の
歴史・経済データバンク

18. 日本第3の大経済破綻


〔5〕ハイパーインフレは避けられない

(3) 円の発行額は正常値の8倍を超えた(中編)

 先にのべたように、各国通貨は、それぞれの国が健全な財政・金融政策を実行しているという前提でその価値が評価されています。そして健全な政策の基本は、発行通貨総残高(マネタリーベースと言います)が、その国の経済の大きさ(一般にGDPで測られます)に応じた適切な量を超えたものではないように厳しく管理されていることです。

 それでは、この適切なマネタリーベースの量と言うのはどれほどのことを言うのでしょうか? 日本の場合は、GDPの8パーセントです。一方アメリカの場合はそれより少し少なくて6パーセントです。これはそれぞれの国の経済が健全であったと評価できる時代に保たれていた比率です。アメリカ方が日本より低いのは、日本より小切手やカードの普及が早く、しかも広範であったために、現金の発行需要が小さいからだと思われます。

 しかし経済学者たちは、不況になった時には通貨を市場に溢れさせて、企業の借款を容易にして、企業の設備投資や事業拡大を誘導して景気回復を図ることが有効だと主張しています。近年特に、政府の財政支出を拡大すると言う財政政策よりも、通貨を大量発行して金利の低下を誘導する金融政策の方がより有効だと主張する経済学者が増えてきました。そして日本の場合には、通貨を大量に発行して円のドルに対する価値を相対的に下げて、つまり円安を誘導して、輸出拡大を狙うことが日本経済の発展に役立つのだ、と主張する経済学者が多くいます。そしてそのことはまた、インフレを誘導することにもなるので、デフレ不況からの脱却にも貢献すると言うのです。

 しかし、良性のインフレが、物価上昇率をコントロールできなくなるハイパーインフレ(超高率インフレ)に移行する危険が大いにあるので、中央銀行、日本の場合は日銀、アメリカの場合は連邦準備制度、の第1の役目は、経済取引が円滑に回転し、かつハイパーインフレに至ることがないようマネタリーベースを厳格に管理することだとされています。そして日本の場合、その目安はマネタリーベースのGDPに対する割合が8パーセントと言うことでした。

 日銀も1991年のバブル崩壊以降、景気が低迷すると慎重にマネタリーベースの増額を試みてきました。そのため1990年代半ばにはマネタリーベースのGDPに対する比率が10パーセントを超え、さらに2000年代初頭に20パーセントの大台を超えています(下のグラフを参照ください)。通常値の倍以上の当時の世界に類を見ない高率であったので、日銀官僚は毎日脂汗を流さんばかりの思いであったのではないかと思います。しかし2000年代半ばに、韓国や中国といったアジア新興国の急成長により、それらの国への日本からの輸出が急拡大したことから景気の回復が見られたので、日銀はマネタリーベースを縮小して、GDPに対する比率を18パーセントの水準(GDP旧基準で、新基準では17パーセント)に下げました。

出典: 下記から得られたデータを素に算出(暦年年末期)。
    日本のマネタリーベース:日本銀行データベース
    日本のGDP: 統計局データベース
    アメリカのマネタリーベース: アメリカFRB(連邦準備銀行)データベース
    アメリカのGDP: アメリカ商務省データベース


 このことに対して、一部の経済学者たちが大声で批判を始めました。リフレ派と呼ばれる人たちのグループで、経済を成長させるには思い切った金融拡大が必要なのであって、それを途中で打ち切った日銀官僚は臆病者だと罵〈ののし〉ったのです。リフレとは、政策的に一定のインフレ率を保って計画的に経済を誘導するリフレーションという考えです。リフレ派は、当時は少数派であったのですが、第2次安倍内閣の発足ともに、そのリーダーが日銀副総裁に就任するなど、政府の経済政策の最も有力な勢力となりました。

 その結果、2012年度末より、日銀による“異次元の金融緩和”策の一環として、マネタリーベースが爆発的と言えるほどの勢いで増やされました。リフレ派の経済学者たちは、これはアメリカがリーマンショックに端を発する大規模な景気後退の対策としてアメリカの中央銀行である連邦準備制度が行った政策から学んだものでもあると主張するのですが、アメリカが達したマネタリーベースのGDPに対する比率の最高値は22.6パーセントであり、それは日銀が2003年に到達していた水準です(上のグラフを参照ください)。しかもその後アメリカの連邦準備制度準備局は、積極的金融緩和の効果があったとして、2013年以降その比率を下げることを考え続けており、2016年には実際に19.0パーセントにまで下げられています。

アメリカ連邦準備制度ビルと積極金融策を実施したとされるベン・バーナンキ連邦準備制度理事会議長(在任:2006-14年)
〔画像出典:Wikipedia File:Marriner S. Eccles Federal Reserve Board Building.jpg 著作権者 AgnosticPreachersKid (連邦準備制度ビル)、File:Ben Bernanke official portrait.jpg(バーナンキ)〕

 それに対して、日本のマネタリーベースのGDPに対する比率は急拡大を続け、2016年末のその比率は79.4パーセントと言う高率に達しています(GDP旧基準では83.3パーセント)。これは日本の基準値のおよそ10倍であり、アメリカが到達した最高値の3倍を超える高さです。リフレ派や、今日となっては多数を占める経済学者の主張は、アメリカが経験した最高値の3.5倍の通貨、円、を発行してもまだ足りないと言うのです。    

2017年1月4日初アップ 2017年2月23日最新更新(2016暦年データの追加)
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