小塩丙九郎の
歴史・経済データバンク

18. 日本第3の大経済破綻


〔4〕国債の置かれた土壇場の風景

(4) 国債っていうものの仕掛け

 テレビに現れる経済学者と称する人たちがよく、「1,000兆円と言うのは大き過ぎる数字だから、兆を万に置き換えて、自分の世帯が1,000万円の借金をしていたとしましょう」などというたとえ話で解説する人がいますが、このことは国民に大いなる誤解を招いています。何故なら、1,000万円の住宅ローンと1,000兆円の国債とでは、借り方も返す方法もまるで違っているからです。

 例えば、30年償還の住宅ローンと30年償還の国債を例にとってみます。先ず、身近な住宅ローンの借り方と返し方をおさらいしてみましょう。金利には2種類あります。固定金利と変動金利です。近年一番多く利用されているのが、変動金利制です。金融市場の動向によって、金利が毎年変わります。しかし、近年は金利が低いし、安定しているように見えます。固定金利は将来高くなる心配がないので安全ですが、少し割高です。昔のインフレ時代を覚えている比較的高齢の人は、安さよりも安全を優先することもおおくあります。

 固定金利制を選んだ場合でも、固定された期間が10年で終わるのが一般的ですが、住宅支援機構では返済期間中ずっと金利が変わらないフラット35という制度を民間金融機関と提携して提供しています。もっとも、高度成長時代にはこの仕組みの方が一般的で、住宅ローンを借りても毎年所得が増え、インフレが進むので住宅ローンは借りた方が得という考えが国民の間に普及して、そのことはバブルの醸成におおいに力を貸したものです。

 ところが国債は、こういうやり方をしません。国債を売り出すときには金融市場で入札を行います。この入札に参加できるのは、ごく一部の者に限られます。それは、プライマリー・ディーラーと呼ばれる財務省から指定された企業群です。2016年度現在では、国内9社、外国10社、国内外合弁2社、合計21社がそうです(下の表を参照ください)。以前は、企業群にシンジケートを結成させていたのですが、2004年以降は国債発行時に発行額の3パーセント以上の応札、0.5〜1パーセント以上の落札、財務省に対する国債の取引動向等に関する情報提供等を義務付けられたプライマリー・ディーラーを指定する方法(国債市場特別参加者制度)に変えられ、現在に至っています。

出典:財務省HP『国際市場特別参加者制度』説明資料。

 ちなみに、プリマリー・ディーラーはかつて23社あったのですが、あまりに低金利の国債を買い付けることに魅力を感じなくなった内外1社ずつがプライマリー・ディーラーから離脱しており(最新のものは2016年6月の三菱東京UFJ銀行)、その後に別の企業は補充されていません。

 国債が新たに売り出される度に、これら21の企業が入札し、いちばん低い金利を提示した者から順番に、政府は国債の売り手を選ぶことになります。つまり、金利は、予め決まっているわけではありません。ですから、政府が想定しているほどの低い金利で応札する機関が一つもなければ入札不調となりますし、或いは、入札者の応募総額が発行予定額に満たなくても「札割れ」になり、いずれの場合も新規国債の売買は成立せず、やり直しを余儀なくされることになります。

 無事、入札が終わったとしましょう(実際入札が不調になったことは過去例外的にしかなありません。その理由も後で説明します)。しかし、政府はその翌月から返済を始めるということにはなりません。政府は年に2度、年利の半額ずつを国債保有者に支払います。近年いろんな種類の国債が売り出されていますが、一般的には金利は償還期間中変わりません。しかし、元金はまったく返済しません。その状態が例えば30年間続きます(償還期間には長短さまざまなものがあります。30年というのは、長期国債の最も標準的な償還期間の一つです)。元金がインフレによって変化するような新種の国債もありますが、その額は少ないので、それも無視しても大きな問題にはならないでしょう。

 国債を売り出してから30年経って「満期」がくると、政府はその時の国債保有者に最後の金利と元金全額を合わせて支払います。これで、国債についての政府と国債保有者の契約関係は完了します。そうです。国債とローンの最大の違いは、政府は償還期間途中で、元金を一切返済しないということなのです。ここのところを取り違えて、専門家の中にすら国債は元利均等償還されると勘違いしている人がいます。しかしその錯誤は重大であり、その錯誤が国民に共有されているかもしれないことが、おおいなる問題なのです。

 国債とは政府が借金した金額の返済を償還期間と同じ年数後の将来に送り飛ばすという制度なのです。例えば、30年国債の場合、国債を発行した当時の現役世代の大半は既に引退して納税者から年金受取者の立場に変わっています。だから、今の現役世代が起こした借金の元金を返すのは、現役世代ではなく、30年後の現役世代、つまり子や孫の世代ということになります。そして、ローンとの第2の大きな相違点は、この債務は相続拒否できないという点にあります。

 住宅ローンであれば、親の借金ばかりが多くて資産がほとんどないといったような場合には、資産と債務と一切合財含めて相続拒否することができます。しかし、国債の場合は相続拒否の手続きがありません。嫌なら、国籍を捨てて日本国民でなくなり、且つ日本国内で税金を支払わなくてすむように国外に出るという選択肢しかありません。その選択ができる者がいないわけではありませんが、普通の日本人に考えられることではないでしょう。

 現役世代は、金利だけは支払ってくれます。そこで、元金自体が膨らむということはありません。サラ金ほどひどくはないということです。しかし、現役世代が近年支払っている金利は、政策的に極端に低く抑えられていますので、1パーセントを僅かに超えるほどです(2015年度末の国債〈加重〉平均金利は、1.08パーセント。下のグラフを参照ください)。だから、1,000兆円の国債があっても、2016年度の当初予算に計上されている利払い額は9.9兆円しかありません(一般会計予算総額は96.7兆円)。そして元金は一切返済されていません。

出典:財務省HP資料を素に作成。

 どうして、元金を返済せずに済むのかといえば、満期が来た過去に発行した国債のすべてを、別の新しい国債を発行することによって実質上借り替えているからです。昔まだ金利が高かった頃の国債を返して、今の低金利の国債に置き換えれば、国債の平均金利を下げられるという利点は、政府にとって魅力的です。但し、超長期国債(30年〜50年満期)だったものを長期国債(5〜10年)に置き換えないとよく売れないという欠点もあります。償還期間が短くなると、金利の上昇に抗する力が弱くなるという危険があるので好ましいことではないのですが、市場が受け容れてくれないのでは止むを得ません。

 何れにしても、元金返済財源がないのですから、他に選択肢がなく、しょうがないと言えば、しょうがないのです。ですから、年度中に政府が発行する国債の額は、新規国債の額とその年度中に満期が来た過去に発行した国債の額面の金額を合計した厖大な額となります。2016年度当初予算を例にとると、新規発行国債が43.7兆円(うち、一般会計分29.7兆円)であるのに対して、借り替え分はそのおよそ倍の116.3兆円で、それらを合計した国債発行額は170.0兆円にも及びます。つまり、毎年GDPのおよそ3分の1に匹敵する厖大な額の国債が、金融市場に売りに出されているということになります。この借り替え債分は、予算書の歳出項目に載ってこないので、政府がその年にどれほどの国債を発行しているのかというのは、別の詳しい資料を見ないと分からないし、政府はこの額を積極的に公表してはいません(ホームページには掲載されています)。だから、これほど巨額の国債が毎年発行され続けていることに気づかない人が多いのです。

 その他に、予算書の歳出費目の中の「国債費」としては「債務償還費」13.7兆円という直ぐにはその意味がつかみかねるものがありますが、これも元金償還に充てられるものではありません。債務償還費とは、国債の償還に問題が起こってはいけないので、償還が滞らないために予備費を用意しておくためのものです。そして、その財源にするために起債する(国債を発行する)というのです。そんなことをするくらいなら、その分赤字国債の発行額を少なくすればいい、と誰もが考えつきます。これがそうはならないのは、お役所の前例主義のためですし、さらには、財政の赤字幅をその分大きく見せられるという、つまり財政困難を宣伝するのに役立つ、という効果もあります。

 予算では、利払費と債務償還費と事務取扱費を足した23.6兆円を「国債費」と名付けていますので、早合点する人は、政府は、利子と元金返済分と併せて23.3兆円を支払っていると思っています。しかし、政府のいう財政赤字額からこの債務償還費等分を引かないと本当の財政赤字額にはなりません。この予算方法については、多くの人が批判していますが、小塩丙九郎もそう思います。だから、2016年度予算では、歳出が96.7兆円で赤字(国債発行額)は34.4兆円となっていますが、実際に必要なのは、歳出が83.4兆円で、その時の財政赤字は21.1兆円です。もちろん、それでも巨大な額であることにかわりはありませんが、政府予算の実態は、国民にはとてもわかりにくいものとなっていますし、国会議員や経済学者ですら、その辺りをよく理解していない人が多いのではないかと心配しています。

 いずれにしても、歳出予算の中で、政府が国債の償還に充てているのは、利払い分9.9兆円のみであって、元金は1円も返済していません。経済学者は、ここで話を終わらせるのですが、しかし、ここで終わってはいけないのだと、私は考えています。どういうことかは、次項で丁寧に説明します?  

2017年1月4日初アップ 20〇〇年〇月〇日最新更新
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