小塩丙九郎の
歴史・経済データバンク

13. 近代資本主義から遠ざかった明治・昭和


〔3〕金融界は近代化されなかった

(2) 民間資本はどのように都合されたのか?(中篇)

 そうして、もう1点は、戦前の産業金融が直接金融によりよっていたのか、或いは間接金融の意味がより強かったのかという経済学界の議論を産み出している1番の理由と思われる、近代企業の株式の基となった個人投資の財源が一体どこにあったのかということに関わっている、と小塩丙九郎は考えています。

 ここに、1900年の興信所のデータに記載された180の企業の財務内容を詳細に分析した結果を報告したものが公表されたものがあります(?見誠良著『明治中期=市場勃興期における株式会社の資金調達(1)ストック分析』に掲載された東京興信所『銀行会社要録』〈1900年〉による)(下のグラフを参照ください)。

自己資本比率
出典: ?見誠良著『明治中期=市場勃興期における株式会社の資金調達(1)ストック分析』(2010年)掲載図

 サンプル数は、著者が認めるように、必ずしも多くはありませんが、それでも当時の会社のあり様をおおよそつかむうえで不足はないように思えますし、何より企業名まで明らかになっているものの各社ごとの財務データが直接把握できていることの意味が大きいと思います。また、この180社の中には、株式市場に上場されていないものが全体の8割に当たる140社含まれています。当時は、上場企業が少なかったのですが、非上場企業のデータが多数含まれていることは、180社を対象にした解析データが、当時の実際の傾向を示す上で大きく不都合であることは想定しなくてもいいように思わせます。

 これによると、20世紀まであと1年と迫った明治維新から30年ほど経った時期において、東京にある会社の自己資本比率は、今では考えられないくらい高いものでした。自己資本比率とは、総資産額に占める自己資本の割合のことを言い、自己資本とは、その会社が株式発行で得た資本、それまでの事業経営より蓄積した内部資金と社債発行により調達した資金の合計額のことです。そしてその他は、何らかの形の金融機関や個人などから融通を受けた資金です。つまり、自己資本比率とは、企業経営資金のうち直接金融に拠るものの割合ということになります。その総平均値は、80パーセントに達しています。中央値(最も比率の低い企業からより高いものに向かって順番に並べたときに、その真ん中に来る会社のもつ値)は83.7パーセントとさらに高くなっています。自己資本比率が100パーセントという無借金会社が全体のおよそ3割もあります。

 そして、これらの企業の流動資産比率(つまり、土地、建物、工場設備などの固定資産ではなく、仕入れ原材料などの事業経営に必要な一時的に保有された資産の全資産に対する割合)は半分に近い43.1パーセントですので、自己資産が流動資産まで賄えるほど潤沢にあったということが明らかにされています。そして、自己資本率は、企業の規模(総資産額の大きさで判断できる)によって、ほとんど変わるところがありません。つまり、大企業でも中小企業でも同じように自己資本比率が高い(平均値が8割から9割の間にある)のです。会社の古さとも関係ありません。ただ、業種によって分類すると、製紙・紡績などの在来型産業と、鉄道・造船などの巨大企業で高い一方で、巨大企業とは言えない近代型産業である電燈、製糸、薬品、化学・ゴム、出版と言った分類に属する企業の自己資本比率が比較的低くなっています。低いと言っても、最低平均値を示す電燈(電力)企業でも5割を超えており(52.7パーセント)、間接金融により大きく依存しているというわけではありません。

 以上は、19世紀から20世紀への変わり目の、産業革命が始まってからそれほど多くの年数を経ていない時期の様子ですが、それからさらに37年経った日中戦争が始まって、これから激しい戦時期に向かうという1937年の様子については、別の統計が提供されています。原典は、志村嘉一郎編著の『日本公社債市場史』(1980年)であり、それを寺西重郎が『不均衡成長と金融』(岩波書店 中村隆英、尾高煌之助編『日本経済史6−『二重構造』』〈1989年〉蔵)に紹介しているものであり、大企業の属性種類別に分けた資金調達先の割合を示してものです(下のグラフを参照ください)。

企業の資金調達先
出典: 本文中に示した通り。

 これによれば、三菱、三井、日窒財閥の主要直系企業で間接金融の割合が比較的高い(それぞれ35パーセント、57パーセン及び18パーセント)ものの、それはむしろ例外で、その他三菱、三井両財閥傍系会社、主要日産財閥直系会社、紡績会社、主要電力会社の何れについても、間接金融の割合は1割にも達していません。主要三井直系企業を除き、払込資本金(既に納付済みの資本金)の割合は、おおよそ4割から6割の間で、一般的に最も大きな割合を示し、次いで内部資金が7パーセントから26パーセント、或いは社債発行高が0パーセントから35パーセントと、これらについては企業属性によって大きなばらつきがあります。しかし、この時期企業会計の側から見れば、やはり直接金融が中心であるという所見に変わりなく、37年前と根本的に大きな変化が起こってはいないことが分かります。

2017年1月4日初アップ 20〇〇年〇月〇日最新更新
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