小塩丙九郎の
歴史・経済データバンク

1-日本の若者が今置かれている状況


〔3〕 日本の所得格差は、富裕者の強欲が産んだ

(2) 日本の賃金格差拡大のメカニズム(前篇)

 トップ1パーセントの高所得者の所得シェアについては、アメリカでは1980年代以降急速に拡大しましたが、日本ではそれほどではなかったということは以前に紹介しました(このグラフを参照ください)。しかし、それは日本では所得の格差は大きく拡大しなかったということを意味しません。

 先ほどと同じデータの供給機関であるWID(世界富・所得データベース)のデータで、トップ10パーセントの高所得者の所得シェアの推移を見て見ると、日本も1980年代以降2000年代まで所得格差が拡大しています。(下のグラフを参照ください)。アメリカのようにトップ1パーセントの高所得者のシェアは増えませんでしたが、しかしトップ10パーセントで見れば同じようなものだったということです。

トップ10%
出典:WID(The World Wealth and Income Database)データを素に作成。

 トップ10パーセントのさらに細かな内訳を見て見ると、日本で所得シェアを最も大きく拡大したのは、トップ5から1パーセントのものであり、次いでトップ10から5パーセントの高所得者です(下の2つのグラフを参照ください)。これらの者の多くは、アメリカの企業に倣うと言って大きく報酬額を増やした大企業の役員や株主配当を得た富裕者であると思われます。アメリカのように、大きな資産を急速に積み上げたベンチャーの起業者や研究技術者ではないという点が、日本の特徴です。

日本トップ10%
出典:WID(The World Wealth and Income Database)データを素に作成。

アメリカトップ10%
出典:WID(The World Wealth and Income Database)データを素に作成。

 ところで、日本の高所得者の所得シェアを日本の公式統計から得ようと何度もトライしたのですが、結局ニーズに合うデータベースを見つけることはできず、WIDが提供するデータベースに頼らざるを得なくなりました。WIDは、所得格差についての研究を進めているイギリスの経済学者であるトニー・アトキンソンと『21世紀の資本』(日本語版:2014年)を出版して日本でも有名になったフランスの経済学者であるトマ・ピケティが中心となって、ネット上に公開している高所得者の所得シェアについてのデータベースです。

 アメリカの高所得者の所得シェアをアメリカ連邦政府のデータベースから入手しようとすれば、ネット上に公開されているBureau of Economic Analysis (経済分析局)のデータベースから容易に得ることができます。ですから、WIDのデータと連邦政府データの値を比べながら、より客観的な判断を行うことが可能なのですが、日本については同じようにはいきません。

 WIDのデータベースは、特に上位10パーセントの高所得者の所得シェアを得ることを目的につくられていますので、政府のデータベースのように所得全般にわたってのデータは得られません。そしてWIDとアメリカ経済分析局のデータを比べると、WIDの示す値は随分と高めであると思えます(下のグラフを参照ください)。そしてまた、WID自身が、違った国同士の比較は行えないとしているので、WIDの日本についての統計値も高めに出ていると判断されます。しかし、時系列での変化はWIDとアメリカ経済分析局のものはおおよそ整合していますので、日本についてはWIDの示す値の大きさそのものではなく、時系列での変化の様子については信頼して使えるデータであるとして判断しました。これについてのみならず、多くのところで日本の統計が整備されることを強く望みます。

日本トップ10%
出典:アメリカ商務省Economic Analysis、The Conference Board of Canada及びトマ・ピケティ著『21世紀の資本』付属HPのそれぞれに掲載されたデータをもとに計算(カナダ統計についてはグラフ線形をコピー)。

 アメリカの高所得者の所得の資源は、発展したベンチャーの大きな利益でした。しかし、日本の企業は1991年のバブル崩壊以降業績の低迷に囚われています。日本の高所得者の所得シェアを上げたお金は一体どこから来たのでしょう? それは、労働者の賃金を下げて、それで浮いたお金を役員報酬や株主への配当金の大増額の財源としたのです。

 それを最もよく説明するグラフがあります。それは、トップ10パーセントの高所得者の所得シェアと男性の非正規雇用率の推移を同じグラフ上に表したものです(下のグラフを参照ください)。但し、2つのグラフの変化を比べやすいように、非正規雇用率のグラフについては、トップ10パーセントの高所得者の所得シェアの軸(左目盛)の表示と少し幅と位置を調整した軸(右目盛)としてありますので、注意ください。これら2つのグラフは、データ比較が可能な1990年代半ばから2010年まで、まったく同じ動きを示しています。これは、より賃金や総労働コストの高い男性雇用者を正規の者からそれらのより低い非正規の者へと雇用者を置き換えて、そうして浮いた費用を役員報酬や配当金を増額するための財源としたということを如実に表しています。

非正規雇用率
出典:所得シェアについてはWIDの、非正規雇用率については日本の『労働力調査』結果データを素に作成。。

 なお、非正規雇用者の年収は、正規雇用者の年収に対する割合は、生涯で所得が最も高くなる40歳代から50歳代では、5割を切ります(下のグラフを参照ください)。つまり、非正規雇用者を雇えば、企業主の賃金支払額は半分以下に抑えられるということです。

非正規雇用率
出典:厚生労働省『平成27年賃金構造基本統計調査』結果データを素に作成。

2017年1月4日初アップ 20○○年○月○日最新更新
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