小塩丙九郎の
歴史・経済データバンク

1-日本の若者が今置かれている状況


〔3〕 日本の所得格差は、富裕者の強欲が産んだ

(3) 日本の賃金格差拡大のメカニズム(後篇)

 以上の所見を別の角度から説明するもう2つのグラフを見せましょう。1つは、GDPに占める賃金総額の割合の推移を示しているものです(下のグラフを参照ください)。男の非正規雇用率が急速に上昇し始めた1990年代半ばより、2000年代いっぱい、日本の労働者に支払われた賃金総額のGDPに対するシェアはおよそ53パーセントからおよそ50パーセントへとおよそ3パーセントポイント低下しています。この分が、株主への配当にまわされたのです。そしてそれが、上位10パーセントの高所得者の所得を増加させることになりました。

賃金総額の対GDP割合
出典:OECD統計データベースStatのデータを素に作成。

 もう1つは、労働分配率の推移です。労働分配率とは、企業が生み出した付加価値のうち、労働者への支払い賃金、資本元への分配、そして税支払いのうち労働者への賃金支払いに充てられた額の割合をいいます。日本の労働分配率は1970年代まではおよそ0.75、つまり75%、で先進国の中でも高い部類にあり、アメリカを0.05、つまり5パーセントポイント、以上上回っていたのですが、1980年代に入ると急激に低下して、OECDが提供する最新データである2011年には、先進国の中で最も低い部類に入る0.606であり、アメリカをおよそ0.04、つまり4パーセントポイント、下回ってしまっています(下のグラフを参照ください)。

労働分配率
出典:OECD統計データベースStatのデータを素に作成。

 ところで、こうしてOECDなど外国機関のデータを多用するのは、1つにはアメリカなど外国との比較ができるという大きな利点があるからですが、もう1つは、小塩丙九郎の能力が足りないせいなのかもしれませんが、日本の統計局や財務省の提供するデータベースでは、欲しいデータがどうしてうまく手に入らないからです。総合的で詳細なデータベースが容易に入手可能な形でオン・ラインで提供されているアメリカとはまったく違った状況が日本ではよくあります。特に、日本の政府統計では、過去に遡って統計数値を得ることはまことに困難です。これは、日本の官僚が、国民が詳細なデータを知ることについて、積極的な意義を認めていないことの表れである、と小塩丙九郎は考えています。

 本論に戻りますが、日本の上位10パーセントの高所得者は、このようにして、1つには企業役員報酬を大幅に増額することによって、そしてもう1つには株の配当金を大きくすることによって所得を拡大したのであり、一方労働者の平均賃金は、非正規雇用率が上昇することによって低下したのです。これが、先端ベンチャーの起業がなく、経済発展もない日本で、上位10パーセントの高所得者の所得シェアが拡大したメカニズムです。

 以上みたように、アメリカの所得格差の拡大は、1980年代から1990年代まではアメリカでのみ先端産業が発展し続けているということがもたらした結果なのであったのですが、2000年代からは労働者の所得を押さえて配当を増やすと言う行動がそれにつけ加わりました。一方、日本の経営者は、経済がまったく成長しない中で、労働者の所得の一部を、非正規雇用者を多く雇うということによって企業役員と株主の所得につけ替えたのです。

 日本の経済学者の多くが、アメリカの所得格差の拡大は、強欲なウォール街のカネの亡者たちの非道徳な行いの結果であると論じていますが、それがまったくの的外れであることは、以上で説明できたと思います。そして一方、日本の所得格差の拡大は、アメリカ以上に強欲な企業経営者たちの利己的行いの結果であるのです。


〔参考:「格差は拡大していない」という日本の学者の意見〕

 ところで、日本政府の公表している統計では、今まで説明したような所得格差は現れてきません。日本人の所得を最も長期にわたって調査し公表している信頼に足るとされるのは、統計局が行っている『家計調査』です。その調査では、所得階層を家計を5等分、つまり20パーセントずつ、にして、それを所得の低い方から第T、第U、第V、第W、第X分位と呼んでいます。家計調査のデータにより、第T分位と第X分位の家計の実質年収(公表されている月実収入を12倍して消費者物価指数で割り戻して2015年価格とした数値)として、さらに第X分位の家計の平均年収を第T分位の平均年収で割って得られる所得格差倍率を計算してグラフに表してみました(下のグラフを参照ください)。

家計調査での所得格差率
出典:統計局『家計調査』のデータを素に作成。

 1950年代にはおよそ5倍あった格差が、1960年代半ばには3倍を僅かに下回る値になり、それ以降、意味ある程に大きな変化はしていません。つまり、日本は半世紀にわたって所得格差の大きさにはまったく変化はないということになります。この数字を根拠に、「日本では所得格差の拡大が叫ばれているが、それを表す統計はない、格差が大きくなっているというのは国民の錯覚だ」、と主張する学者が結構多いのです。

 WIDによる日本の格差は拡大しているという報告と、『家計調査』による報告を両立させる説明は次の通りです。アメリカの所得格差拡大は、上位1パーセントの高所得者の所得が増えたことによるものであって、それ以外の者の所得の増額の勢いは大きくないのですが、日本では、上位10から1パーセントの者の所得の増加の勢いが大きいが、上位20から10パーセントの者の所得の増加は大きくないということです。或いは、『家計調査』の調査対象範囲が、特に高所得の家計を上手に捉えることに成功していないのかもしれません。

 何れにしても、日本の所得格差は大きくなっているのか、或いはそうでないのか、統計調査技術上の問題は残りますが、しかし、小塩丙九郎はさまざまな複数の国の複数の調査機関による統計を総合的に評価する限りは、日本の所得格差は大きくなっているし、その原因は既に述べたようなことだと考えています。あとは、若い皆さん自身で判断して、自分なりの見識をもってください。

2017年1月4日初アップ 20○○年○月○日最新更新
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