小塩丙九郎の
歴史・経済データバンク

9. アメリカが続ける第3の産業革命


〔2〕情報産業の誕生と企業構造改革

(5) アメリカの企業構造改革

 アメリカの企業構造改革については、アメリカの経済学者であるピーター・キャペリがその著書『雇用の未来』(2001年日本語訳、原題“The New Deal at Work”〈1999年〉)の中に詳しく書いています。以下は、キャペリの解説に基づいて小塩丙九郎の解釈によって述べるものです。

 アメリカの企業構造改革には、歴史的に3つのフェーズがあります。その最初のものは19世紀末(1896〜1902年)に起こりました、企業の水平統合を目指した合併や買収(M&A)であり業務範囲を広げることにより企業規模を拡大しました。第2フェーズは、第1次世界大戦後の高度産業開発が起こったとき(1926−1933年)に企業の垂直統合の一環としてのM&A、つまり、生産の自社内での一貫体制の確立、であり、そして第3フェーズは、1960年代後半(1965−1969年)に起きた互いに関連をも経たない多様な企業の複合化、つまりコングロマリットの構築、です。

 このようにして、19世紀末から1960年代に到るまで、アメリカの企業は一貫して事業の多角化を含む規模拡大を続けてきたのですが、それが企業のパフォーマンスを必ずしも上げることに繋がらず、その弱点が、1980年代に入ってレーガン大統領の下でアメリカが進めた規制緩和の中で露わになってきました。それは、1980年代に入って急増した企業の倒産件数という形で、統計に如実に表れています(下のグラフを参照ください)。

出典: アメリカの倒産件数:ピーター・キャペリ著『雇用の未来』(2001年)
原典: Business Failure Record, Dun & Bradstreet, a company of the Dun & Bradstreet Corporation, 1996
    日本の倒産件数: 鞄結桴、工リサーチのデータを素に作成。

 1980年代にアメリカで毎年倒産した企業の数は、大恐慌期のそれの3倍もの多さにのぼっています。1980年代のアメリカ産業の発展は、ベンチャー企業の勃興、旧型企業のrestructuring、さらには新旧企業の大幅な入れ替えという形で進みました。ちなみに、日本では、「小泉(純一郎)=竹中(平蔵)」改革が行われたと言われていますが、その結果、日本の企業倒産件数は増えるどころか3割も減っています(2001年→2006年:マイナス30.9パーセント;下のグラフを参照ください)。このことは、「小泉=竹中改革」が“レーガノミクス改革”とは違って、企業の救済を目的としており、企業自身の改革を求めたものではないことを証明している、というのが小塩丙九郎の理解です。

     出典: 鞄結桴、工リサーチのデータを素に作成。

 日米の経済専門家の多くは、この流れの中で、企業が効率性を回復するために1980年代に入って進めた多角化を整理する活動、つまり“アンバンドリング”(“束を解く”と言う意味)、に専ら着目して、“restructuring”を“リストラクチャリング”として説明しています。しかし、1980年代に起こったのは、この規制緩和による企業効率の低下の顕在化だけではありませんでした。同時期に、アメリカでは、情報産業革命による新たなベンチャービジネスが、猛烈な勢いで産まれ、そして増えつつあったのです。

 これらの企業は、自社内一貫生産体制を採らず、或いは、自社内に多様な事業部門を置く形での多角経営を行うこともなく、最低限の人材を柔軟に活用することによりスピードを第1とする機動的な事業展開を推進していました。その代表がPC開発の先駆者であるアップル社であり、アメリカを代表する大企業の1つであるIBMは、その競争に敗れつつありました。そして、そのことが、IBMに企業構造改革を強いることとなりました。

 そして、情報関連産製品をつくらない企業でも、情報産業革命により業務内容が大幅に替わるとともに、革新的な情報システムの登場は、自社内で様々な管理業務を行わなくても、それをオンラインで容易に外部化、つまり最もコスト・パフォーマンスのよい業者に委託する、ことができるようになりました。いわゆる“アウトソーシング”が、簡単に行われるようになったわけです。

 1980年代に、アメリカで進んだ“restructuring”は、大きな企業を取り巻く市場環境に対して、以上の2つの企業が生き残るために必要な構造改革として行われたと理解すべきです。しかし、この後者の“restructuring”の効能が往々にして無視されているため、そのことが、的確な企業構造改革を日本で進めることの妨げとなっている、と小塩丙九郎は解釈しています。

2017年1月4日初アップ 20〇〇年〇月〇日最新更新
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