小塩丙九郎の
歴史・経済データバンク

8. アメリカ第2の産業革命


(11) 第2の産業革命の世界史的意義(前篇)

 19世紀半ばから20世紀初頭の1920年代まで、アメリカは怒涛の第2の産業革命を進めたのですが、しかしイギリスを含む他の先進国、或いは新興国日本は、それに付いていくことができず、結果アメリカの独走を許すことになってしまいました。そして、ようやく自らが大国であることを自覚したアメリカの巧みな外交努力もあり、20世紀は“アメリカの世紀(American Century)”と言われるようになっていきます(その言葉を初めて〈1941年〉使ったのは、『ライフ』、『タイム』、『フォーチュン』などを創刊したヘンリー・ルース〈1898-1967年〉です)。

 ヨーロッパからやってきた初期のアメリカ人たちは、当初は原アメリカ人たちと融和し、やがてはそれを駆逐しつつ、現地でふんだんに入手できた木材を使って様々な工具や機械を造り始めました。貴族や高所得者がいない新大陸では、安くて機能的であることが商品を評価する上で最も重要であり、ヨーロッパの製品が身につけている装飾は過剰であるとされ、「製品を必要以上によくすることはよくない」とするアメリカの産業文化の基礎が生まれました(アメリカ建国についての詳細は、ここ)。

 生産性を向上させるために必要な高性能を備え、且つ価格が安いという矛盾する2つの要求を同時に満たすため、アメリカ人たちは中世にヨーロッパの人々が思い付いた大量生産の仕組みをさらに発展させていきます。そしてその手法の基礎となるのは、技術の開放、つまり多くの職人の間で技術を報せあうことと、規格の標準化でした。

 親方は、徒弟に仕事と住居を与えるだけでなく、生産性を上げ高性能の製品を造り出すために徒弟を教育し、訓練しなければなりません。そのため、職人たちは集まって「職人全体協会」をつくり、技術を交換し、製品の規格を定めるとともに、職人学校や職人図書館を造り、一人ではできない徒弟の高度の教育・訓練を施しました(森杲著『アメリカ職人の仕事史』〈1996年〉による)。学校は、政府から与えられるのではなく、必要に応じて自分たちがつくるものだというアメリカ人の観念はこの時に定着しました。

 この職人の親方が共同すると言うアメリカ人の行動様式は、同じ時代のドイツ人の受け容れるところでなく、ドイツで職工の技術は親方から徒弟に秘密裏に伝授され、製品を規格化した大量生産は行われませんでした。ギルドは家族的な親方と徒弟の関係を重視し、技能が一般公開されることのない閉鎖的な仕組みでした。そして職種間の交流もほとんどありませんでした。

 職人たちは、富裕者が高く評価する工芸的な製品を提供しましたが、近世的な職人の価値観によれば、熟練した職人が一品生産することがその付加価値を産むのであり、部品を規格化して、或いは大量生産の仕組みに乗せて大衆への低価格での供給を第一にと考えるようなものではありませんでした。

 その点、アメリカの職人の考え方や職人組織の仕組みや目的は、近代産業を職人の世界の中で築き上げていくことにおいては、より適していたと言えますし、そのことが産業革命に後から参加したアメリカが、近代産業発展の段階に至ってヨーロッパを凌駕し、そしてそれがアメリカを18世紀末に世界一の産業国へと導いたと考えていいでしょう。そして、一方のドイツが産業革命に参加する時期は遅くなりました。

 ドイツとアメリカの産業体制の違いは、しかし、以降重大な効果と結果をもたらすこととなります。アメリカの部品の規格化を基礎とする生産体制は、1880年代以降、工場への工作機械の導入、工場の大規模化、さらには大量生産方式の実現といったように1920年代前半まで急激に生産性を向上させることとなりました。一方のドイツは、ようやく産業革命の段階に辿りついたものの、伝統的な閉鎖組織を打ち破ることができず、アメリカの生産性拡大の勢いについていけなくなったのです。

出典: Angus Maddisonの超長期世界経済統計に掲載されたデータを素に作成。

 1850年代から1870年にかけて、ドイツの労働生産性(1人当たりGDPで代用する)は、アメリカの労働生産性のおよそ8割でしたが、アメリカが工場生産の近代化により労働生産性の伸びを加速した結果、1880年代以降、ドイツの労働生産性のアメリカに対する割合は一貫して下降を続け、1910年代には6割にまで低くなっています。生産性についてイギリスとの差は縮め、さらにGDPではイギリスを追い抜きつつあったのですが、アメリカとの距離の開く勢いは加速していたのです。

2017年1月4日初アップ 20〇〇年〇月〇日最新更新
©一部転載の時は、「『小塩丙九郎の歴史・経済データバンク』より転載」と記載ください。



end of the page