小塩丙九郎の
歴史・経済データバンク

15. 市場の不自由化を進めた戦後体制


〔2〕為替政策の始まり

(2) 1ドル=360円は円高?それとも円安?

 このレートが日本の輸出を振興するうえで有利な円安として理解していいものか、そうでないかについては経済学者の中で意見が分かれています。ここで、参考となる数値と所見を一部紹介すると以下のようです。固定為替レートが必要だとしたヤング報告書では1ドル=270円から330円が適当としていたのと比べると、若干の円安です。ヤング使節団とドッジ使節団に参加したオーヴィル・マックディアーミッドは、1ドル=360円は円を過小評価する、つまり円安過ぎた、と主張しています。ESS(GHQの経済科学局)の為替レート委員会の提案した実行可能な為替レート案は、1ドル=270円、330円、450円でした(樽見秀男著『ドッジ・ラインの枠組みと評価』〈2000年;on-line pdf.〉による)。

 経済学者の香西泰は、「1ドル360円レートは設定当時はやや円安に定められた」と評価しています。香西はそれに続いて、「ポンド切下げや朝鮮戦争時のインフレにより間もなく円高になり、高度成長期の前半までそうであった」と実質レートが変化したと付け加えて説明しています(香西泰著『高度成長期の経済政策』〈岩波書店『日本経済史 8 − 高度成長』〈1989年〉所蔵〉より)。そして多くの、日本人経済学者は、設定以降も長年にわたって円安状態が維持されたと主張しています。

 一方、中には経済学者の小宮隆太郎のように、このレートは「大幅に円高」であると主張する者もいます(前述参考資料による)。そして、既に紹介したように、当時実施されていた品目毎に別の数値を適用する複数為替レート制度の下で、輸出品の大きな割合を占める綿織物、絹織物、生糸の為替レートは、240円から420円であり、一方、輸入品は、化学薬品を除き1ドル=67円から250円程度であり、輸出品についての為替レートの中心が1ドル=100円台であったのに対し、輸出品についての為替レートの中心は1ドル=300円台と、輸出入品についての為替レートの設定水準は大きく違っていました。

 こうしてみると、1ドル=360円が、円安であったか円高であったかどうかと判断する誰もが納得できる決定的な根拠を得ることは難しいことです。その一番の原因は、上に示したように、それまで実行されていた複数為替レートの幅が余りにも大きいことにあります。当時の輸出の中心であった繊維産業者にとってみれば、1ドル=360円と言う新レートは、それまでのレートと大差がないので、国際市場競争力には大きな影響はないと考えたでしょう。しかし、アジア諸国から熾烈な追い上げが既に始まりつつあった繊維産業には、何れ近い将来には、限界が来ることは自明でもあったでしょう。

 一方、日本が将来発展させなければならない工業製品輸出分野は自動車や造船などの機械産業であると考える人達にとってみれば、この新レートの評価は大いに違ってきます。自動車については1ドル=430円から360円に、鋼船については1ドル=500円から360円へと、何れも大きく円高にレート変更されたのであり、その分市場での価格競争力は悪い影響を受けることになります。そして一方、機械の生産原料や燃料については、1ドル=67円(銑鉄)乃至284円(B重油)から1ドル=360円の為替レートへの変更は円安ということになります。輸入原材料費については円安、輸出製品についてはドル高に、つまり原材料・燃料費が高騰した上に、輸出価格は低下するのですから、日本の機械産業にとって、単一為替レートが1ドル=360円の水準で設定されたということは、市場条件をおおいに厳しくしたと言えます。

 海外から原料や燃料の多くを輸入しなければならなかった鉄鋼等工業にとっては、原材料の輸入価格が以前の数倍に上がることになるのですが、当時は鉄鋼・鉱業製品は国内市場を満たすほどではなかったために輸出余力はまったくなく、原材料・エネルギー輸入コスト高は、そのまま消費者に転嫁すればいいのですから、鉄鋼・金属業者の為替レートに対する関心は、比較的低かっただろうといます。日本の鉄鋼製品が、アメリカ市場を脅かすようになるのは、しばらく後になってのことです。

  • 日本の経済学者たちは、ハイパーインフレを収めることより景気対策が重要だと主張した。

  • インフレを収めて固定レート制にしないと世界市場と貿易ができないとアメリカは考え、インフレ収束を強行した。

  • 一旦固定レートになると、今度は名目1ドル=360円レートを死守するのが日本の国益と経済学者は主張し始めた。

  • 日本の経済学者に原理原則と言うものは、あるのだろうか?

2017年1月4日初アップ 20〇〇年〇月〇日最新更新
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