小塩丙九郎の
歴史・経済データバンク

12. 日本初の大経済破綻


〔1〕幕府が招いた大経済破綻

(1-2) 蘭学は日本の産業技術開発に貢献しなかった

 近世の日本で技術開発が進まなかったということに関して、ここで、幕府の鎖国令について触れておきたいと思います。幕府は、鎖国と言う政策を採りました。しかし、オランダが例外的に長崎で交易を許されたと教科書で教えられるように、鎖国は当時の日本の貿易が断絶したと言うことを意味してはいません。諸藩の貿易を禁止した上で、幕府だけがオランダという相手国を特定した上で、それらとの貿易を独占したということです。このことにより、幕府は二つの安定を得ました。一つは、ヨーロッパとの外交をオランダに限り、国際紛争が起きることをオランダの庇護のもとに防いだということであり、もう一つは幕府が貿易を独占することによって、幕府の経済力の諸藩への優越を確保したことです。

 政権の安定を第一と考える幕府の目から見れば、鎖国は有益であったのであるが、日本という国全体からすれば、それでよかったのかという大きな疑問があります。一つは、貿易の経路が限られたことにより、国際経済の舞台での自由競争が阻害されたということであり、そしてより重要な点は、幕府がヨーロッパとの貿易を独占的に管理する中で、幕府はヨーロッパの新技術や新製品の輸入を意図して拒んだということにあります。

 幕府が貿易によって得たのは、専ら中国の生糸であり、それは高級武家に提供される西陣織の材料となったのみであり、その他の産業発展に繋がるものは何もありませんでした。なおその他、幕府は対馬藩を通じて国際通貨である銀を朝鮮に輸出して、朝鮮を介して中国から人参(朝鮮人参)を輸入していました。或いは、島津藩に琉球との交易を許しています。しかし、それらは例外という域を出るものではありません。

 そしてまた、既に述べたように、幕府は享保の改革以降、新商品の発売を禁止ししました。これらの措置によって、日本は国内の技術開発も国外からの新技術の持ち込みの両方共の機会を失くさせてしまいました。その結果、これ以降、畿内の進んだ技術が全国に伝搬していき、国の平均技術水準が向上したということはありましたが、国の技術の先端部分が上昇していくということはなくなりまいた。その上で、17世紀末には、耕作地の拡大もほぼなくなった。ということは、17世紀の経済発展は、主に耕作地の拡大による米の増産によって起こり、そして18世紀以降の経済発展は、17世紀中ごろまでに畿内で獲得されていた当時の日本の先端技術の地方部への伝搬による全国平均生産性の向上によってしか起こらないということを意味します。

 幕府がヨーロッパの新技術や新製品の輸入を拒んだと言えば、近世の蘭学の普及のことを挙げて反論されるかもしれません。小さいながらも開けられたオランダに向かう窓から、細々としてではあったがヨーロッパの知識や技術は伝わりました。1720年には、自身天文学の愛好者であった8代将軍吉宗が蘭学書の輸入を解禁しましたが、その関心の中心は天文学と医学にありました。

 大坂の豪商間重富〈はざましげとみ〉は天文学を極めようとして観測機器の製作を進めるために機械工を養成することまで行っています。天文学の学習は、後の伊能忠敬による日本地図の作製や間宮林蔵の間宮海峡発見に繋がっています。医学の学習は杉田玄白の『解体新書』の翻訳を産み出し、蘭法医の誕生に繋がっていますが、さらに、さらに、蘭学所の輸入解禁からおよそ1世紀後の1823年にはフィリップ・シーボルトが来日して、57名の門下生に直接専門の医学以外にも地理学等を教えています。

 だから、蘭学という名のヨーロッパの近代科学技術についての学習は、近世中連綿として続いていたのですが、しかし、それが大きな科学技術発展の波を産み出すことはありませんでした。実学としてのヨーロッパの科学技術が本格的に学ばれ、実践に使われ始めるのは、アメリカ東インド艦隊司令長官マシュー・ペリーが1853年に浦賀に来航して後のことです。幕府を初め日本人は、特に大砲の製作技術を学びたがりました。その後、それ以外の近代科学技術の学習と実地への応用が相次いだことはよく知られている通りです。

 先に、幕府が新技術や新製品の導入を拒んだとは、以上の経緯を含めて言っています。例えば、大阪商人の間は、巨額の投資をして機械技術者を養成するまでしておきながら(今津健治著『江戸の知的水準―洋学の系譜―』〈1977年、日本経営史講座第1巻―江戸時代の企業者活動〉による)、それは趣味の天文学を楽しむと言う以外、産業振興のためには使われていません。

2017年2月6日初アップ 20〇〇年〇月〇日最新更新
©一部転載の時は、「『小塩丙九郎の歴史・経済データバンク』より転載」と記載ください。



end of the page