小塩丙九郎の
歴史・経済データバンク

10. 終身雇用を棄てたアメリカ労働市場


(4) アメリカの公務員と大学教授の終身雇用制

 さらに、アメリカの公務員や大学教授も終身雇用されていることは指摘しておかなければなりません。しかし、これと、日本の公務員や大学教授との違いについても同時に説明しておかなければならないと思います。

 アメリカの国家公務員のうち、局長級以上の幹部官僚は、大統領が変わる度に政治任用されます。新たな大統領が選ばれれば、それまでいた1,000人ほどの官僚が去り、そして民間の企業、非営利のシンクタンク、或いは大学などから同数の者が新たに任用されます。幹部官僚でも終身雇用されている者はいますが、それは審議官或いは課長以下のクラスの者に限られます。さらに課長級以上の幹部職人およそ7,000人のうち、その1割弱の者は政治任用されています。

 それらの者は、大統領府の幹部スタッフ、或いは行政部門のうち重要な審議間及び課長職に就きます。さらに一般職の中でも、長官の秘書や政策作成に直接タッチする者は政治任用され、これらの者が1,000人以上います。

アメリカ大統領府のスタッフ(2009年)
〔画像出典:Wikipeda File:President Obama meeting with senior White House staff.jpg〕

 合計すると、連邦政府職員の中で政府任用されるものはおよそ3,000人となります。ちなみ、連邦政府の場合、この上級管理職と呼ばれる官僚はおよそ8,000人います。そして、州やその他自治体の地方公務員についても、連邦政府に準じた扱いとなり、部局長以上は政治任用となります。

アメリカは幹部官僚を終身で雇用せず政治任用し、革新的な政策が実行できる体制が組めることを重要視している。

 こうして幹部官僚を政権交代ごとに入れ替えることによって、新政権が革新的な政策を迅速にかつ効果的に実施できる体制が整えられるというわけです。不慣れな、必ずしも実務に長けているとは限らない者を政権幹部に入れても事務能率が下がるだけだという批判もありますが、それよりは安定したポストを得た幹部官僚が新政権に対して抵抗することの方がより大きな問題である、とアメリカ人の多くが考えているのです。

 実はアメリカでは珍しく、大学教授は終身雇用されています。アメリカの教授にはいくつかの段階があります。博士号を取得して大学で働きたいものは、先ずAssistant Professor(日本の助教に近い)になります。その時に将来終身雇用される教授になることのできるTenure track(終身雇用へ向かう道)とNon-tenure track(終身雇用には向かわない道)の何れかの道に仕分けられます。この時後者に振り分けられた者は、その後の昇進の道はその大学ではありません。そして前者に無事乗れた者は、3年から7年の契約期間を経たのち、契約更新をするかしないかを大学から申し渡されます。契約更新されればAssociate Professor(日本の准教授に近い)に就任し、この段階で終身雇用の権利を得ます。そしてその後の業績により、さらにProfessor(full-professor)、つまり堂々とした教授になるのです。

アメリカの大学教授
〔画像出典:Wikipeda File:Belmans in labo.jpg 著作権者 Karen Thibaut〕

 アメリカの大学で教授が終身雇用されるのは、1900年にスタンフォード大学がその主義を理由として教授を解雇したことをきっかけに、自由な研究環境を維持するために、教授の身分を安定する必要があるとされ、その伝統が今も引き継がれているためです。しかし、だからアメリカの教授たちも日本の教授たち同様に年功だけで教授になれたかと言うとそうではありません。

 先ほどアメリカの教員の昇進の道筋を示しましたが、昇進するか否かの判定は、当然その教員の成績評価によります。教員の成績は学問分野毎に権威ある専門誌に一定数以上の論文が掲載されたかなどと言った具体的な業績、或いは多くの研究費を産業界から集めたかと言った財政上の貢献度に加え、学部長や学科長は当然のこととして、同僚の教員の評価、そしてさらには毎学期毎に学生が提出する教員の評価が判定の材料とされます。

アメリカノ大学教授は、大学自治を守るため、厳しい選抜の上で終身雇用される権利(テニュアという)をもっている。

 あらゆる角度からの厳しい総合評価でいい成績を収めた者のみが、Assistant Professor → Associate Professor という階段のステップを通過して最後にProfessor(full-professor)になることができます。終身雇用と言う権利を得るまでの厳しい関門が用意されていいます。日本のように、上司の教授の覚えがめでたければいいといった年功序列の人間関係によって昇進するというものでありません。ですから、アメリカの教授の終身雇用と日本の教員の終身雇用を同列に論ずることはできない、と小塩丙九郎は考えています。

2017年1月4日初アップ 20〇〇年〇月〇日最新更新
©一部転載の時は、「『小塩丙九郎の歴史・経済データバンク』より転載」と記載ください。



end of the page