小塩丙九郎の
歴史・経済データバンク

1-日本の若者が今置かれている状況


〔2〕 アメリカの所得格差は経済成長が産んだ

(4) アメリカの格差拡大のメカニズム(前編)

 アメリカも経済のグローバル化の先頭を走っているわけですから、この所得の世界規模での平準化の影響から逃れることはできません。その結果、先に挙げた製造業の多くについて、アメリカの労働者の賃金は1980年以降ほとんど上がっていません。アメリカの工場労働者の所得は、所得第U分位と所得第V分位に属する者がほとんどですが、これらの者1980年代以降の実質所得(名目所得からインフレ分を除いたもの)年平均伸び率は、0.2から0.4パーセントに留まっています(下のグラフを参照ください)。

各国のジニ係数
出典:アメリカ商務省 Bureau of Economic Analysis データベースを素に作成。。

 所得U分位とは、アメリカ人の就業者を所得の低い方から順に5分割したとき、下から2番目、つまり20パーセントから40パーセントの範囲を言います。そして所得第V分位とは、その直近上位の下から40パーセントから60パーセントの範囲を言います。この値所得分位第U、そして第Vの者の所得の伸び率は、アメリカの1人当たり実質GDPの年平均伸び率の1.7パーセントにははるかに及ばない低さです。アメリカの1人当たりのGDPは増えているのに、工場労働者の実質所得はほとんど伸びなかったということです。

 それなのに、上位1パーセントの者の所得は大幅に伸びた、だから上位1パーセントの高所得者と工場労働者の所得の格差は拡大したのです。先のグラフに示したように、所得第X位の者、つまり上から区分して5分の1に収まる者の所得も伸びています。これらは一体誰か、ということです。

 容易に想像できるように、これほど多くの者がすべてウォール街で行われるマネーゲームで高所得を得たわけではありません。その大半は、1980年代に始まったアメリカ第3の産業革命の牽引者たちです。1980年代に始まった産業革命とは、最初は情報産業の大発展であり、次いで情報産業革命を実現した産業構造改革が及んだ医薬その他さまざまな産業分野での先端技術開発とそれを利用した先端企業、ベンチャー、の勃興と発展によるものです。

 小塩丙九郎はそれを、アメリカ第3の産業革命と呼んでいます。第1の産業革命とは、イギリスの18世紀の産業革命を真似てアメリカで南北戦争(1861-65年)前までに完成されたもの(その詳しい説明はここ)、第2の産業革命とは、それ以降1920年代末に始まった大恐慌の前までにアメリカが独自に起こした産業構造改革(その詳しい説明はここ)のことを言います。そして第3の産業革命とは、1970年代後半に興った情報産業の勃興に始まり現在も進行中のものを言います(その詳しい説明はここ)。その第3の産業革命が1980年代に始まるアメリカの所得格差をもたらしたのです。

 つまり、アメリカのトップに立つ高所得者の多くは、ベンチャーの起業に関わった経営者、研究技術者たちです。アメリカのベンチャーが産み出すハードやソフトの製品は、それまで世界市場ではなかったものであったので、ベンチャーは好きな価格をそれにつけることができました。だからアメリカのベンチャーの平均的利益率は3割から4割です。現代の日本で企業利益率が5パーセントあれば優良と判断されていますので、その利益率の高さが理解されると思います。そうして高利益を企業にもたらした経営者や研究技術者たちの所得が急成長するのは当然のことです。

 経済がグローバル化しても、アメリカ以外の国には、これらベンチャーを追随する技術や製品開発力をもたず、アメリカ企業が独走状態にあるので、所得の平準化はこの分野には及ばないのです。アメリカに住む者を含めて、先端産業分野以外の既存型産業に従事する労働者の賃金は、一定水準、製造業全体平均では1時間労働コスト=38ドル(2015年基準実質価格)に収れんするので、それより高い国の労働者賃金は下がり、そして1980年代に既にその水準に達していたアメリカの労働者賃金は、それ以降増えていません。増える先端企業の経営者たちの所得、そして増えない既存型企業の労働者の所得、その差がどんどん開いて、アメリカの所得格差は1980年代以降拡大したのです。それが、アメリカ所得格差拡大を理論的に説明するメカニズムです(下のグラフを参照ください)。

所得拡大のメカニズム

 次いで、アメリカの所得第T分位の者の所得が伸びないどころか、僅かにですが減少しているのは、メキシコ移民の影響が大きいと考えています。1970年代以降、所得が格段に低いメキシコからアメリカへの移民の数は、不法に入国した者を含め年間およそ100万人にのぼっています。これらの者のほとんどは、アメリカの熟練を要しないサービス産業、例えばファーストフードショップの店員など、に就いています。このような低賃金であることをまったく厭〈いと〉わない労働者の大量の流入があるので、労働市場が買い手市場になって、国全体の経済が伸びても、サービス産業に従事する労働者の賃金は増えない、あるいは下がるのです。ドナルド・トランプが2016年の大統領選挙期間中に盛んに主張した「メキシコ国境に壁をつくれ!」と言うのは、このような背景をもっているので、アメリカの低所得者たちの支持を得ることに繋がったのです。

 以上が、アメリカの所得格差が1980年代以降大きく拡大した第1の理由と仕組みです。アメリカ経済は先端産業を開発することによって先進国の中でただ1国だけ安定的に成長した(年平均伸び率=実質2パーセント)、その過程で産業構造が変革された、その結果の一つとしてアメリカの所得格差は生まれたのです。決してマネーゲームがアメリカの所得格差を産んだのではないのです。

2017年1月4日初アップ 20○○年○月○日最新更新
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